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vol.310-1(2006年 7月18日発行)
岡崎 満義 /ジャーナリスト
「ジダン選手の頭突き」考

 2006年サッカーW杯ドイツ大会は、「MVPジダンの頭突き大会」として、永く人々の記憶に残るにちがいない。

 延長後半ラスト10分、イタリア代表のマテラッツィ選手と何かひと言ふた言、言葉をかけあって離れたと思うや、突然、ジダン選手が身をひるがえして、マテラッツィ選手の胸にキツーイ頭突きを一発見舞った。砲丸かハンマーを思わせる坊主頭の一発は、さぞ痛かったであろう。マテラッツィ選手は胸をおさえて倒れ込んだ。すぐにレッドカードが出され、ジダン選手は退場となった。

 一体、両選手の間に何があったのか。7月20日にFIFAが両者から事情聴取するというから、問題のありかはかなりはっきりするだろうが、12日夜、ジダン選手がテレビ出演してインタビューに答えた内容で、おおよその事情が分かってきた。

 「マテラッツィ選手(32)の『挑発』について、ジダン選手は『とても個人的なことだ。母と姉を傷つけるひどい言葉を繰り返された。1度や2度ならともかく、3度となると我慢できなかった』『言葉はしばしば(暴力)行為よりきつい。それは、私を最も深く傷つける言葉だった』と述べた」(朝日新聞7月13日夕刊)

 「英紙がマテラッツィ選手の挑発として報じた『テロリスト売春婦の息子』との発言の真偽を問われると『まあそうだ』と答えた」(同上)

 コシガ元イタリア大統領が記者団に明かしたマテラッツィ発言は「お前の姉は売春婦で、汚いアラブ人でテロリストだ」とも同紙は伝えている。

 貧しいアルジェリア系移民の2世として育ったジダン選手には、許しがたい暴言と感じられたようだ。この大会のスローガンは「人種差別にNO!」だった。ベッケンバウアー組織委委員長も、大会前にその点について注意を促している。ベッカムなど有名選手もテレビで、人種差別NO!と訴えている。つい先頃、パリ郊外で移民の失業若者の暴動が起こったばかりだ。EU諸国には、“移民差別”の問題が、のっぴきならないところまできているようだ。サッカー界も例外ではない。それだけに、W杯でも「人種差別NO!」と、叫ばざるをえなかったのだろう。

 複雑で根深い人種差別の氷山の一角を、ジダン選手の頭突きが、はからずも垣間見せてくれたのだ。ジダン選手はイスラム教徒。イスラム教という言葉からは、1972年ミュンヘン五輪でアラブゲリラ「黒い九月」が選手村のイスラエル宿舎を襲撃、多数の人質を殺した事件、2001年ニューヨークの9.11事件、今もつづくイラクやインドネシア、東ティモールの紛争・・・と、イスラム教の地平に勃発する事件・テロリズムはあとを断たない。

 そして売春婦―人類最古の職業ともいわれる売春婦と“母なる大地”の母を結びつける差別・罵倒語。長い長い男社会がつくり上げてきた女性蔑視語・卑猥語・差別語は、簡単に消えるわけがない。

 母(姉)売春婦・テロ(イスラム)・汚いアラブ人、と3つ揃えば、これは最大級の侮辱となる。堪忍袋の緒が切れたジダンの行為は、十分理解できる。

 格闘技に近いサッカーの試合では、互いに体当たりし、タックルし、スパイクで削り合い、踏みつけるのは当たり前。その上、言葉でののしり合う。鋭く汚い言葉で相手を挑発し、混乱させ、反則・ファウルに導こうとする。まさに大人の大俗の世界だ。そしてその間に見せる人間業とは思えない華麗なテクニックは、一掬(いっきく)の聖なる水を飲む思いだ。これぞ大人のサッカーだ。

 世界でもっとも人気のあるサッカーは、そういう大俗、人種、民族、宗教・・・などの矛盾が混じりあった、きわめて人間臭いスポーツだ。そんな世界に1次予選1分け2敗の日本代表を置いてみると、中田英寿選手を除いて、みんな少年のようにウブでひ弱な存在に見えて仕方がない。

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