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vol.286-2(2006年 1月27日発行)
滝口 隆司/毎日新聞運動部記者

「ミュンヘン」は五輪映画ではなかった



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「ミュンヘン」は五輪映画ではなかった
滝口 隆司/毎日新聞運動部記者)

 2月4日に封切られる映画「ミュンヘン」の試写会に行ってきた。パレスチナゲリラがイスラエル選手団を襲撃した1972年ミュンヘン五輪を題材に、史実を再現した映画だ。名監督、スティーブン・スピルバーグが五輪史に残る最大の悲劇をどう描くのか、楽しみにして足を運んでみた。

 あの場面をひそかに期待していた。テロの犠牲になった11人の選手・役員に加え、「ブラック・セプテンバー(黒い九月)」と呼ばれたゲリラのメンバー5人、警官1人の計17人が死亡した翌日、ミュンヘン五輪スタジアムでは追悼式が開かれた。そのシーンだ。事件が起きてから国際オリンピック委員会(IOC)は総会を開き、大会を続行するか中止するかの検討を続けていた。

 IOCのアベリー・ブランデージ会長(当時)が各国選手団に告げた有名な言葉がある。「今、大会を中止すればテロリストに屈することになる。競技は続けなければならない」。今のIOC会長、ジャック・ロゲ氏はその時、ベルギーのヨット選手としてスタジアムにいた。日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長も、日本代表の馬術選手としてブランデージ会長の言葉を聞いていた。五輪は平和の祭典であり続けなければならない、という強い意思を選手たちに再認識させるスピーチは、現代にもつながるメッセージといえる。

 だが、残念なことに映画でこの場面はひとコマも描かれてはいなかった。残虐なテロシーンの後は、イスラエル政府がゲリラへの報復を決意する場面へとテーマが移る。11人のアラブのテロ指導者を1人ずつ殺していく、という政府の命に従い、イスラエルの機密情報機関「モサド」の若者をリーダーに暗殺チームが編成される。しかし、暗殺を重ねるうちに自分たちの身にも危険が及ぶようになったメンバーは、次第に疑問を抱き始める。リーダーの若者には妻と生まれたばかりの娘がおり、暗殺者となった自分を思い悩む―というストーリーだ。

 「ミュンヘンの事件に対するイスラエルの対応を、悲劇に対して復讐を命じられた兵士の視点で眺めることで、政治的・軍事的視点からのみで語られることの多い、この恐ろしい出来事に人間的側面を加えることができる」とスピルバーグは宣伝文に書いている。

 ユダヤ人であるスピルバーグはユダヤ側からこの問題をとらえ、憎悪が憎悪を増幅させるテロの応酬の空しさを警告しているのだろう。この映画は中東でのアラブとユダヤの争いを主題にした作品であり、決してスポーツや五輪運動の視点から描いたものではない。だから、五輪史に興味のある人が見れば、いささか不満も残るはずだ。

とはいえ、テロのシーンでは各国のテレビ局が一列に並んで現場レポートを送る姿もあった。ブランデージの次にIOC会長になったキラニン卿は「(テロの標的となる)根本原因は、どうやらオリンピックが今や、テレビの好素材と考えられるようになっているからではないか」と自著でこの悲劇を振り返っている。メディアの発達によって五輪は政治、ビジネス、そしてテロにも利用されるようになった。ミュンヘン五輪はその恐ろしさを知らしめた大会でもある。
トリノ五輪開幕まで10日余り。各国取材団が次々と現地入りする時期だ。ソルトレークシティーやアテネに比べ、今回は国際政治の緊張もさほど感じられず、テロへの警戒感も少ないようだ。しかし、そんな臭いがしない五輪だからこそ、妙に不気味な気もする。


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