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vol.306-3(2006年 6月23日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
宿沢さんが燃やした改革の火

 群馬県で登山中に心筋こうそくを起こし、55歳の若さで急死したラグビーの元日本代表監督、宿沢広朗さんが22日、荼毘に付された。

 現役時代は名スクラムハーフ。代表監督としてはスコットランドを破る大金星を挙げた名指揮官として各紙がその功績を取り上げた。私がラグビーを担当していた時は日本協会の強化委員長だったが、日本のラグビーを変えようとする強い意思がいつもにじみ出ていた。

 宿沢さんが勤める三井住友銀行の役員室に通されてインタビューした日が忘れられない。今から5年前になる。

 テーマは日本代表のオープン化だった。日本代表の活動期間中、代表選手に日本協会が報酬を支払ってプロ契約するシステムだ。プロ契約できない学生や所属企業の事情で契約を望まない選手もいるため、プロアマ混在の「オープン化」と呼んでいたが、実質的には代表のプロ化だった。これを進めたのが宿沢さんだ。それまで所属チームが自チームの事情を優先させるため、思うように選手を集められず、代表を集中強化できないでいた。

 構想を打ち出した時、日本協会は企業チームの相次ぐ反発を受けていた。各チームは社内の兼業規定を変えねばならず、社業に関係ない活動に「出向」という形はとりにくい、と難色を示したのだ。

 宿沢さんはとにかく代表を強くしなければ、ラグビーの将来はない、という持論を強調した。「底辺の拡大ももちろん大事だ。しかし、理想論を言っている暇はない。何かで火をつけないとダメなんだ」。そんな取材メモが残っている。

 国内リーグがプロ化した世界の強豪国とは違い、日本は企業スポーツの形態を残しながら代表を実質的に「プロ化」する。それは一見、中途半端にも見えたが、宿沢さんは反論した。

 「企業スポーツは日本の文化だ。それを壊す必要は全くない。日本のラグビー全体が衰退すれば、企業のラグビー部もなくなる。今のままではみんなが苦しむだけだ」

 サッカーのようにラグビーもクラブスポーツに方向転換してプロ化すればいい、企業スポーツの時代は終わった、と言うのはたやすい。しかし、日本独自の企業スポーツが培ってきた競技環境を簡単に捨てるのはどうか、その良さを生かしながら新しい時代のあり方を探るべきではないか、という宿沢さんの考えを聞いていると、この人は「現実的な改革論者」なのだと痛感されられた。

 その後、日本ラグビーは東日本、関西、西日本と分かれていた社会人リーグを一本化する「トップリーグ」を創設。企業スポーツを残しての全国リーグで国内のレベルアップを図る方向へと足を踏み出した。

 今、その成果が現れているわけではない。日本代表も国際大会で苦戦をしいられている。昨年、代表監督人事が揺れた時、宿沢さんは「日本が力を入れて強化に取り組んでいることを世界に向けてアピールしなければならないんだ。そうでなければ、ワールドカップ招致なんて出来ない」と強い口調で言っていた。結局、W杯招致は成功せず、日本ラグビーはまだ足踏みを続けているように思えてならない。

 それでも宿沢さんは「何かで火をつけたい」と思っていたはずだ。宿沢さん亡き後、改革の火を燃やし続ける人材は日本ラグビー界に残っているか。その情熱が途絶えないことを宿沢さんは願っているに違いない。

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