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vol.311-2(2006年 7月28日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
世界戦に見たボクシングへの「恐れ」

 久しぶりのボクシング取材だった。22日に東大阪アリーナで行われた世界ボクシング協会(WBA)スーパーフライ級タイトルマッチ。結果は挑戦者の同級1位、名城信男(六島ジム)が王者のマーティン・カスティーリョ(メキシコ)に十回TKO勝ちし、辰吉丈一郎に並ぶデビュー8戦目での世界奪取国内最速タイ記録を達成した。そんな戦いを終えた後の王者、挑戦者の言葉にはなかなかの味わい深さがあった。

 試合展開を振り返ってみる。接近戦を好むファイタータイプの名城に対し、カスティーリョは距離を測りながらのボクサータイプ。うまさなら、王者に分があり、というのが前評判だった。立ち上がりにカスティーリョが左のカウンターをヒットさせ、試合は予想通りの展開で進むかに見えた。

 しかし、二回に名城の右でカスティーリョが左目の上をカットしたところから形勢は徐々に変わり始めた。六回にも名城の右ストレートが当たり、王者のまぶたはさらにパクッと口を開ける。そして十回1分2秒、その傷の深さと出血の多さを見かねたレフェリーが試合続行不可能と判断。挑戦者の勝利が告げられた。

 通常、こんな場合は一度でもドクターチェックが入るものだが、今回はいきなりのレフェリーストップ。しかし、控え室に戻った王者はずいぶんと冷静だった。「不平はない。レフェリーはレフェリーの仕事をし、私も自分の仕事をしただけだ」。そして、新王者を「名城は非常に勇敢に戦った。彼にふさわしい勝利だった」と称えてみせた。一方の名城も「一回にパンチをもらった時はさすがに『チャンピオンは違うな』と思いました。二回以降はいいボクシングができて勝てたけど、ぼくは相手のことを今も尊敬しています」。血が乱れ飛ぶ激しい戦いだったが、両者のコメントはとてもすがすがしいものに思えた。

 名城は昨年4月の日本スーパーフライ級戦で王者・田中聖二にTKO勝ちした。しかし、田中は試合後に意識を失い、2週間後に亡くなった。そんな経験をしているからこそ、名城は敵と殴りあうボクシングというスポーツへの「恐れ」を知っているのだろう。相手と戦い、相手を敬う意味を肌で感じているのかもしれない。

 今、ボクシング界は亀田兄弟の人気に沸いている。だが、試合のたびに相手を罵倒する彼らのコメントやパフォーマンスを見ていると、いささかうんざりもさせられる。まだまだ10代の若者、怖いもの知らずといった印象は強い。だが、彼らも本当の恐ろしさを知る時が来るに違いない。8月2日には横浜アリーナで兄・興毅のWBAライトフライ級世界王座決定戦が行われる。私が見たいのは勝利の雄たけびではない。ボクシングの恐さを語る亀田の姿だ。

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