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vol.361-1(2007年7月18日発行)
五味 幹男 /スポーツライター
アジア杯を勝つために必要な「能力のマネージメント」

 アジア杯を戦う日本代表に、突き抜けていく爽快感を覚えられないのは、振り払ってもまとわりつくような高温多湿な気候のせいだけではない。

 確かにスコアだけを見れば、3連覇に向けて尻上がりに調子を上げつつあるようにも受け取れる。初戦のカタール戦こそ1対1だったが、UAEには3対1で勝利、先制点を許した地元ベトナムにはアウェームードの中で逆転勝ちを収めた。セットプレーから、流れの中から、選手たちが有機的に動きながらさらに複数の選手がゴールを挙げるという形は、オシム監督や選手のみならず、多くのサポーターが思い描く「自分たちのサッカー」でもある。

 しかし、グループリーグで幾度となく発揮されたそれは、日本代表が能動的に仕掛けていった結果であるかといえばそうではない。これからの日本代表に対して期待より危惧する気持ちが上回ってしまう理由はそこにある。グループリーグ全体の流れを振り返れば、終了間際に追いつかれたカタール戦を受けてUAE戦でのプレーがあり、ベトナム戦では先制されたことがその後の逆転につながる攻撃を促したようにも見える。それは厳しい気候条件を考慮した90分間のペース配分というより、負の刺激がないと自分たちのサッカーをできないという姿と映るのだ。

 能動的でないことは、攻撃に傾くのではなく守備に傾くでもない、いわばニュートラルな状況におけるパフォーマンスにもよく表れている。ベトナム戦では先制点を許すまで、やはりボールの受け手となる選手の足が止まっていることが多かった。失礼な話かもしれないが、グループリーグで対戦する相手程度であれば、日本は小休止的にボール・ポゼッションを高めるという場面でも「自分たちのサッカー」ができなければならないはずなのに、1歩、2歩動くという能動的なアクションがなかったためにそれができなかった。それ故にミスが多くなった。失ったボールをことごとくフィニッシュまで持ち込まれてしまったのは、ひとえに能動的に自分たちのサッカーができていないという証拠である。

 さらにいえば、ベトナムは立ち上がりから守備的だったというわけでない。守備位置は低かったが、ボールを奪ってからは中盤から複数の選手がとびだしてきていたことからもわかるとおりむしろ積極的だった。そこで空いたスペースを使えなかったり、反対に日本が攻撃へ転じたときに相手の守備が整っていたのは、個々の選手の動きが足りなかったからであり、無用にも見える横へのパスが相手に時間を与えていたからだった。先制点を奪われるまで、もし日本がこれまでアジアの舞台で経験してきたように守備的な相手にてこずっていたように見えたのなら、原因はむしろ日本代表にこそあったというべきであろう。UAE戦も含め、「負の刺激」を受けた後の日本が「自分たちのサッカー」でゴール前を固める相手に対してゴールを重ねることができていることもその証拠だ。

 実力は十分にある。3連覇も非現実的な目標ではないだろう。しかし、だからこそ現在の日本代表には「能力のマネージメント」が欠かせないように思える。グループリーグはそれがなくても乗り切れた。3試合という時間の余裕もあり、90分で試合をひっくり返せるだけの地力の差もあった。だが、一発勝負の決勝トーナメントではそうはいかない。先手を打たれた後に目覚めても、時すでに遅しという可能性もおおいにあり得る。

 「負の刺激」がなくても自分たちのサッカーができるかどうか。それがアジア杯3連覇を達成するためのひとつの条件になるような気がする。

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