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vol.343-1(2007年3月13日発行)
岡崎 満義 /ジャーナリスト
豊田泰光さんの“教育論”

 野球評論家、というより、今でも全盛期の西鉄ライオンズの強打者、といいたい豊田泰光さんの連載コラム「オレが許さん!」(週刊ベ−スボール)のことは、前にも書いたことがある。この人の野球コラムは、毎回、歯に衣着せぬもの言いが抜群に面白い。

 3月12日号(第669回というから、10数年つづく長寿コラムだ!)の「プロの上下両端の人々に言いたいこと」は、野球を超えて、今、みんなが悩んでいる教育問題にも通用する提言がなされていた。

 「若い選手にとって大事なことはいい家庭で『遊ぶ』ことです。・・・プロ野球選手は遠征が多いでしょう。この遠征をどう有意義なものにするかで、その人の人生はまるで違ったものになっちゃうんです。・・・比較的自由時間のある遠征先ではね、親しく付き合ってくれる家庭を持つ、これが一番いいのです。変なタニマチ意識を持たず若い人に、いわゆる『世間知』を授けてくれる家庭、これが若い選手には大きいんですよ。食事のスタイル、趣味、親子の付き合い方、そういうものを、その家庭の中で肌で感じてくる。実業家、大学の先生、大工さんの棟梁・・・世の中にはいろんな人のいろんな家庭があります。そういういろんな家庭に出入りするうちに自分が磨かれるのです。自慢じゃないけど、オレはそうやってプロの十数年間を過ごしたんです。これは、いま大変な財産になっています。こうやって『世間知』を身に付けると、いいものと悪いものの判断ができるようになり、また、人間として恥ずかしいこととはどういうことなのかが分かるようになる・・・」

 これは野球選手にかぎらず、人間教育の極意である。いい友人をもつことは人生の大きな幸福だが、いい家庭とつながりをもつことは、最大の幸福といっていいだろう。豊田さんが言うように、多分、学校や会社からは学べない「世間知」は、よき家庭とのつきあいの中から学べるのだ。問題は、そういうよき家庭とめぐり合える幸運に恵まれるかどうかだ。

 よい人、よい家庭には独得の匂いがある。言葉だけではなく、その人の全身から、家庭内の人間関係の全体から発する独得の匂いがある。まず、それをかぎわける嗅覚をもつこと。その嗅覚はどうやって身につけるのか、と訊かれたら、その人のもって生まれたもの、それまでにはぐくんできたもの、つまりはその人の生命力そのもの、としかいいようがない。五感、全身をもって相手に反応していくしかない。そのことを相手が認めてくれるかどうかだ。

 豊田さんの文章の中に「タニマチ意識」という言葉があった。そこを読みながら思い出したエピソードがひとつある。

 昭和43年から54年まで、近鉄バファローズに8年、日ハムに4年在籍した永渕洋三選手のことだ。小兵だったが実力派、昭和44年にはパ・リーグの首位打者になっている。

 昭和49年頃、日本は田中角栄首相が音頭をとる列島改造ブームで沸いていた。永渕選手にも「タニマチ」がついた。小豆島から大阪に出てきた一人の大工が、折からの建設ラッシュの波に乗り、工務店の社長になり上がり、何人も人を使う身分になった。金回りもよく、家の近くの藤井寺球場に近鉄の試合を見によく通った。社長はナイトゲームが終ったあと、選手の通用門で待ちうけ、ひいきの永渕選手をつれて大阪のキャバレーや料理屋によくつれだしたそうだ。若い永渕選手にとっては、それはそれで夢のような日々だったかもしれない。

 「列島改造ブームが去ると、その社長の会社はアッという間に左前になり倒産、大きな家屋敷も売り払い、今は伊丹空港近くのアパートで1人暮しをしている、と1回だけ電話をもらったことがある」と、昔を思い出しながら、永渕さんは言った。

 「タニマチ意識」のないよい人、とくに、よい家庭と深くつきあうのは、それほど簡単なことではなさそうだ。

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