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vol.349-2(2007年4月24日発行)
岡崎 満義 /ジャーナリスト
晴々とした気分が味わえる
―ミズノスポーツライター賞最優秀賞・下川裕治著「南の島の甲子園」―

 2006年度第17回ミズノスポーツライター賞の表彰式が、4月11日、品川の新高輪プリンスホテルで開かれた。

 最優秀賞は下川裕治さんの「南の島の甲子園−八重山商工の夏」(双葉社)。

 優秀賞は森沢明夫さんの「ラストサムライ−片目のチャンピォン武田幸三」(角川書店)。

 選考委員をつとめた私は選考経過を紹介し、最優秀賞作品について、大要次のように述べた。

 日本列島の最南端にある高等学校、石垣島の八重山商工は、伊志嶺吉盛監督という、野球少年がそのまま大人になったような、八方破れ風の魅力的な指導者にひきいられて、いかにして甲子園出場をはたしたか、をいきいきと描いたのが、「南の島の甲子園」である。

 離島県沖縄の、さらにその中の離島である石垣島は、地理的なハンディのみならず、経済的な格差も厳然として存在する。関東地方の高校と練習試合をしようとすれば、遠征費に200万円もかかってしまう。本土に遠征するときは、名物の泡盛を持参する、というのがほほえましい。それにしても、この悪条件をはじきとばしてしまう力は、どこからでるのか。ハンディを背負いながら、伊志嶺監督は小学生チーム「八島マリンズ」、硬式中学チーム「八重山ポニーズ」を時間をかけてつくり上げ、そこで育った選手を八重山商工に迎え入れて、ついに甲子園出場を果たした。

 だからといって、有名野球高の名監督の下、一糸乱れぬ統制のとれた管理野球、というのではない。昨年夏、甲子園での対松代高戦、ピンチを迎えて内野手がマウンドに集ったとき、ベンチからの伝令が「監督が死ねっていってます」と伝えると、選手からは「お前が先に死ねっていっとけ」と返ってきた、というエピソードが、八重山商工というチームの姿を、鮮やかにうつし出している。

 監督を絶対視しない空気、それは石垣島という離島社会にある、やさしさとも甘さともとれる“ゆるい”気質から生まれた、ときに野放図にもなる少年たちのいかにも南国らしいエネルギーであるかもしれず、だらだらした練習を見ると「そんな態度でやっていると、二度も離婚を経験した俺のような男になってしまうぞ」と、平気で選手に向って怒鳴ったりする、あけっぴろげの伊志嶺監督独得の流儀が生み出したふしぎなチームといえる。

 筆者の下川さんは新聞記者を経て、アジアや沖縄ののびやかな、混沌とした風土・文化にひかれて旅をつづけるノンフィクション作家である。あるいはスポーツ専門ライターではつかまえられなかった南国の人たちの"ゆるい"魂を、みごとにとらえたように見える。伊志嶺監督と野球少年の気質と、下川さんの資質がうまく合致した、いわばウマが合う、という相性のよさが生み出した傑作といえそうだ。この作品の中に流れている、まことに晴々とした気分は貴重なものだ。スポ根ものとはひと味もふた味もちがった、スポーツの中にある明るさ、のびやかさ、自由さをあらためて実感させてくれる作品となった。

 下川さんの父親は長野県の県立高校の先生で、野球部の監督を長年つづけた。土、日はすべて野球の試合か練習で、殆ど家にいたことがない。そんな少年時代の父親の姿を、伊志嶺監督に重ね合わせることで、作品に厚みが加わった。開放的な、ゆったりした風土・文化を求めつづける下川さんの精神が、透し絵のようにこの本の中から浮かび上がってくるのも、見所のひとつだ。

 甲子園野球の文化に、八重山商工というチームの足跡がしっかりと刻み込まれたといえるだろう。

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