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vol.355-1(2007年6月6日発行)
岡崎 満義 /ジャーナリスト
「よき日本人」の典型? 松井秀喜選手

 6月4日朝(日本時間)のヤンキース対レッドソックス戦を、NHKBSで見た。解説者の大島康徳さんが松井秀喜選手のバッティングを批評している。「じれったいんですよ。もっと初球から、ガンガン打っていってほしいんですよ。1球目、2球目あたり、甘い球もあるんだから、もっと積極的に手を出してほしいんですよ。待ちすぎるんです」と、歯ぎしりせんばかり、しきりにじれったがっている。

 松井選手の調子が悪いわけではない。この日も1回と8回にヒットを放ち、4打数2安打、5日のホワイトソックス戦でもヒットが出て、7試合連続安打をつづけている。それでも大島さんには、松井選手のバッティングが何とも歯がゆいものに見えるようだ。たしかに5日、マリナーズのイチロー選手が、対ロイヤルズ戦の1回裏、先頭打者で初球ホームランしたような爽快さが足りないような気がしないでもない。なぜ、あんなにボールを待つのか。クリーンアップを打つほどの強打者なのだから、もっと好球必打でいってほしい、と思ってしまう。待球主義はやめてほしい。待球主義のあげくの内野ゴロや三振は、見たくない。ガックリ度が強まる。クリーンアップを打つ打者ならば、もっとがむしゃら、1人わが道をゆく、というわがままでもいいのではないか。

 しかし、これは野球を知らない素人考えにすぎない。トーリ監督はつねづね「松井は野球をよく知っている。自分のやるべきことをキチンとこなしている。すぐれた選手だ」と大きな信頼をおいている。これだけ評価が高いのは、松井選手のプレーは、打っても守っても、いつでもチームのために、チームの勝利を第一に考える、いわゆるチームプレーに徹するからなのであろう。チーム第1、自分は第2、という考え方があるのではないか。

 できるだけ球を待つ。その結果、たとえ凡打に終ったとしても、球数をたくさん投げさせれば、相手投手の疲労を誘うだろう。四球のチャンスもふえる。四球は安打と同じ価値がある。松井選手にくらべれば、イチロー選手は早打ち、悪球打ちも辞さない。ワンバウンドの球でもヒットにするのがイチロー選手だ。いわく「四球を喜ぶファンは少ない。ぼくがヒットを打つことを観客は待っている」というわけである。

 松井選手には「分をわきまえる」気持が強いように思う。自分は何を期待されているか、自分は何をすべきなのか、いかなるときも、その「分」をはみださない。ヤンキースに入団して、軽々とホームランを打つパワーヒッターをたくさん目のあたりにして、自分は「中距離バッター」であり、トーリ監督もそれを期待している、と、すぐ悟ったのにちがいない。

 私たちファンは、巨人時代に50本のホームランを打った松井選手に、高度なヒットメーカー的な技術で大リーグに適応したイチロー選手とは別の、パワーヒッターのホームランを期待していたから、さっさと「中距離打者」の分をわきまえた松井選手に、いつまでも未練が残るような気持をもちつづけるのかもしれない。いつまでたっても実態と期待したイメージとの落差が埋まらないのだ。

 この「分をわきまえる」態度こそ、古きよき時代の日本人の特性だ。オレがオレがと少しでも目立とう、自己主張をしようとする日本人がふえた今、松井選手のような日本人はきわめて珍しい。そんな日本人は、今や絶滅危惧種といっていい。

 グローバルなスポーツの世界の中で、松井選手のような古きよき日本人に出会えるのは、1つの奇跡かもしれない。分をわきまえながら、確実に仕事を積み上げていく松井選手を、これからも私はうれしい気持で見ていくだろう。

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