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vol.369-2(2007年9月14日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
「美しい国」の頓挫と日本スポーツ

 安倍晋三首相が辞意を表明し、政界は大きく揺れている。では、スポーツ界に影響は出てくるのだろうか。安倍氏は首相になる直前、自らの国作りの方向性を示した「美しい国へ」(文春新書)を出版。その中で、「スポーツには、健全な愛国心を引き出す力があるのだ」と表現し、ナショナリズムとの関係を強調していた。

 今月初め、中央教育審議会の体育・保健部会が中学校の1、2年生の授業で武道とダンスを必修化させる方針を決めた。現在は器械運動と陸上や水泳、球技などが必修で、武道とダンスは1年生で選択制。男子が武道、女子がダンスを選択するケースが多かったが、これを必修化するというわけだ。ただし、中教審の部会が「日本の伝統文化に親しみ、礼儀正しさも学ぶ」などと理由に挙げていることからも、ダンスはともかく、武道の必修化が第一の目的にあることは間違いない。

 安倍首相→愛国心を促す教育→武道の必修化。これは「美しい国」への流れでつながるといっていい。

 私は武道教育をすべて否定するつもりはない。武道にも深く関係している「武士道の精神」は、日本スポーツにも大きな影響を与えている。武士の倫理規範は忍耐や努力、自己犠牲といった精神を持ち、近代スポーツにおけるフェアプレーの精神にも重なる部分があった。たとえば、柔道の創始者、嘉納治五郎師範が提唱した「精力善用、自他共栄」の精神は、心身の持つ力を最大限に使い、ともに相手を敬って自分も他人も共に栄える世の中を築こう、という理念に貫かれている。

 しかし、一方で武道は、国民皆兵を目指した戦時中の軍国教育に利用され、本来の武士道精神もゆがんでいった。軍隊を経験した人たちによって暴力や体罰を奨励する風潮が戦後のスポーツ界に持ち込まれたとする指摘も多い。戦後間もない頃は、GHQ(連合国軍最高司令部)が軍国主義的な思想を助長するとして武道を禁止していた。

 そのような、武道が日本人に与えた功罪を中学生に教えていくことは非常に意味があることだ。しかし、ただ単に剣道や柔道の実技を教えるだけでは、あまり意味がない。武道を必修化し、力を入れて教育するというのであれば、近代スポーツとの関連も含めた歴史教育が必要ではないか。

 安倍政権が崩壊したことで、日本スポーツに対する政治の方向性は何か変わっていくのだろうか。テレビで政局を分析する政治評論家は「歴史を見れば、首相が辞任した時は、振り子が振れるように、別の政治思想を持った人が次の首相になることが多い」と話していた。次のリーダーは別の視点を示してくれるのか。それとも、安倍氏と同様、「愛国心」や「ナショナリズム」を声高に叫ぶのか。

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