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vol.409-1(2008年7月15日発行)

岡崎 満義 /ジャーナリスト
酸素と水着

 1980年、モスクワ五輪を日本、アメリカをはじめ、多くの資本主義国はボイコットした。前年12月、ソ連がアフガニスタンに侵攻したことに対して、当時のカーター米大統領が強く抗議、五輪ボイコットを呼びかけ、自由主義圏の国々が右へならえしたのだ。

 4年後のロス五輪、こんどはソ連を中心に共産圏諸国が報復的ボイコットをして、これまた片肺五輪になった。

 スポーツの“つまずきの石”は、「政治・薬物・マネー」だ、と私は書いたことを覚えている。あれから28年、事態は変わっていない。チベット暴動、聖火リレーの混乱は、北京五輪危うし、と思わせた。中国は国家威信をかけて、強引に北京五輪を実施しようとしているように見える。政治的危機は国家の枠からはみでた民族、宗教のからんだゲリラ的な勢力が抬頭して、国家対国家の単純な構図ではなくなった。それだけむずかしい事態になっている。

 スピード社の「レーザー・レーサー」(LR)水着の出現には驚いた。次々に日本新や世界新が飛び出して、みんなアッケにとられた。日本水連はミズノ、アシックス、デサントの国内メーカー3社と水着提供契約を結んでいたが、新記録続出で、そんな契約は吹っ飛んだ。LRへ、LRへと草木はなびいた。LRの前で、選手のカゲがいささか薄くなった。

 もうひとつ、選手の疲れをとるために使われていたという酸素カプセルを、JOCは使用禁止としたことに驚いた。薬物違反に問われる可能性が高い、疑わしきはやめる、という態度である。ドーピングは選手自身の健康を害する恐れがあること、青少年への教育・倫理的な面で悪影響があること、スポーツの公平性を損うことで禁止されている。それでも、ドーピング検査の網の目をくぐり抜けようとする違反行為は、あとを絶たない。

 興奮剤や筋肉増強剤のステロイドなどの薬物注入のみならず、ついに疲労回復の酸素も禁止する、というレベルにまで来たのである。スポーツの公平性は大事だ。しかし、これを徹底することはできるだろうか。LRは高価である。五輪出場選手がみんなLRを着られるとはかぎらないだろう。高額の経済的な負担に耐えられる国、選手だけが着用できる。酸素もしかり。用具には開発費用がかかるからだ。公平性を言うなら、高地訓練はどうか。ボルダーや昆明やスイスへ出かけて、長距離練習をするのも、お金がかかることだ。その負担に耐えられない選手はやりたくてもできない。

 かくなる上は、IOCがすべてを管理・提供する。公平性を尊重するために、選手の外的条件を同一にするために、ユニフォームをはじめ用具は同じものを使う。少なくとも五輪1ケ月前に選手村に選手を集め、外界から隔離して、同じ食事、練習をさせる。なんだか、ジョージ・オーウェル的な監視世界が、スポーツの中に出てきそうだ。そこまでゆけば、いずれ五輪は世界規模の賭けの対象になりかねない。無理にスポンサーを求めなくても、巨大な資金源となるだろう。五輪スポーツの興奮性はさらに高まる。

 現代スポーツの困難さは、薬物、政治、マネーだけでなく、「公平性」という理念を徹底的に追求しはじめると、そこにおそるべき落とし穴があることだ。アマチュアの理念が消えて、プロフェッショナル・オンリーになった今の時代の困難が、新たに生じてきたのだ。「公平性」という新しい“つまずきの石”を、スポーツ界は抱えこむことになった。

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