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vol.422-3(2008年10月30日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者
高橋尚子の「金メダルロード」

 さわやかな秋風と柔らかな日差しを浴びながら走っていると、実にいい気分になる。健康づくりのために始めたランニングだが、最近では沿道の風景も楽しめるようになってきた。休日にはいろんな場所に足を運んで走っている。

 先日、千葉県佐倉市へ行って来た。「金メダルジョギングロード」というコースがあると聞いていたからだ。

 小高い丘の上にある岩名運動公園を降り、左へ曲がると「尚子コース」、右へ行けば「裕子コース」となっている。五輪で活躍した高橋尚子、有森裕子の名を冠している。佐倉といえば、小出義雄監督の地元。小出監督の指導を受け、この地で育った2人のメダリストの功績をたたえたコースなのだ。

 走り出す前にコース図をもらおうとスタート地点の陸上競技場の事務所を訪ねると、事務所のおじさんが丁寧に地図のコピーをとってくれた上に、競技場近くの記念碑にも案内してくれた。おじさんは五輪や世界選手権のメダリストたちが刻まれた記念碑を見ながら、「みんなここで練習していたんです。今も小出さんが若い選手を鍛えあげてますよ」と得意げに言う。そして、小出監督と高橋尚子のことを親しい友人のように自慢した。

 左に折れて尚子コースを進んだ。田園風景を延々と走り、途中からは印旛沼に沿った道になる。沼の途中で折り返す10キロのコースだ。ちなみに裕子コースは13・5キロ。車の往来はたまにしかなく、信号もない。サイクリングに汗を流す人や川で釣り糸を垂らすお年寄りがいる。近くの竹林から漂ってくる自然の香りを吸い込んでみると、街の中のランニングでは味わえない心地良さがある。

 尚子コースを走っていたからだろうが、コースですれちがった男性がいきなり「高橋尚子、引退だね」と話しかけてきた。この人も面白いことに高橋と昔から知り合いのような口ぶりだ。

 競技場では小中学生の陸上大会が開かれていた。インターネットで「佐倉はランニングの聖地」と書かれているのを読んだことがあるが、その意味合いもよく理解できる。市民が走り、トップ選手が走る。そして、両者の距離は近い。

 高橋はシドニー五輪で金メダルを獲得した翌日、さっそく早朝からジョギングを始めていた。「私は走ることが好きなんです」と言っていたが、過酷なトレーニングを積み、五輪の大舞台を終えたばかりランナーが、翌朝からニコニコと走り出すものだろうかと当時は不思議に思えたものだ。しかし、佐倉のコースを走ってみると、そんな気分も分かる。

 高橋から引退の連絡を受けた小出監督は「Qちゃん、市民ランナーに戻るのかい?」と聞いたそうだ。最高の栄誉を手にしたシドニー五輪から8年。ケガに泣き、思うような結果が出なかった8年。いろんな重圧から解放された高橋は、再び市民ランナーに戻って、あのコースをまた黙々と走るのだろう。

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