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vol.432-1(2009年1月14日発行)

岡崎 満義 /ジャーナリスト
イチロー選手の新春トーク(1)

 新春早々、イチロー選手のトークショーを聞きに行った。時間は45分と短かったが、中身がしっかり詰まっていて、充実したトークであった。1月12日、有楽町の国際フォーラムで開かれた日興コーディアル証券の「新春フォーラム2009」。インタビュー形式で、聞き手は横井弘海さんという女性、全体の司会もつとめていたから、多分フリーのアナウンサーだろう。ポイントをはずさず、いいインタビューだった。

 イチローはリラックスして、サービス満点だ。日興コーディアルのCMに、もう8年も出演しているイチローは「バクチは絶対ダメだが、株ならいい、というのが祖父の遺言だった。それでぼくも中学3年生のとき、株に手を出してみた。300円の株を1000株買った。すると見る見るその株が上がり、一時1800円まで値をつけた、ところが、素人だから舞い上がって、もっと上がる、もっと上がると欲を出しているうちにガクンと下がり、結局250円になってしまった」と、笑わせた。

 冒頭にそんな秘話を披露して、会場の雰囲気を和らげてから、本題の野球の話しに入っていくところに、イチローの余裕を感じた。3年前のWBCで優勝したときから、イチローの雰囲気がそれまでとは大きく変わったと思っていたが、その通りだった。3、4年前に、作家の村上龍さんとの対談もライブで聞いたのだが、そのときよりずっとリラックスして、自由に喋っている感じだった。8年連続200本安打、3000本安打など、次々に記録を塗り変えているイチローの、ゆるぎない自信がその誇り高さをしっかり支えている。それがまったく嫌味がなく、気持ちよく聞けた。

 「自分との闘い、とよく言われる。もちろんその闘いはあるのだが、この世界では、自分に勝つだけではダメで、他人にも勝つことが必要だ。自分との闘いに勝ったと思っても、他人に負けることがある。首位打者争いで負けるとか。それはいけない。自分のベストをつくせたらそれでいい、というヤツがいるが、こういうのは許せない。これは最悪だ」と、激しかった。メジャーのきびしい場で闘いつづける男の、なまなましい感情を垣間見たような気がした。

 「今年は年男。36歳の今、自分がどのような位置にいるか、知っておくべきだ、と思う。先輩たちも、30、40歳でそれぞれに分岐点のようなものがある、と言う。でもそれに縛られることはない。先輩たちの頃とは、野球の環境も大きく変わっているのだから。何よりも現在の自分をよく知ること、よく見ようとつとめている」

 「気持ちはその時々で変わっていく。その心の動きをしっかり知っていることが大切だ。自分の軸は動かないと思っているが、この変わる気持ちも意識していないとダメだ」

 このとき、私は芭蕉の「不易流行」と言う言葉を思い浮かべた。また、吉田松陰が「人間の中には子供にも、老人にも、それぞれ春夏秋冬がある」という意味のことを書き残している。イチローの「ブレない軸と変わる気持ち」をよく認識する、という発言とどこか響き合うものがあるように思う。

 「8年連続200本安打達成のとき、王貞治監督から、おめでとう、メジャーリーグでの大記録、大変だったろうね、と言葉をもらった。王さんはアメリカでプレーしたことはないのに、そんな言葉がスッと出てくる。すごい人、さすが“世界の王”、ぼくに言わせれば“奇跡の人”だ」

 王ジャパンでWBCで優勝したとき、イチローは我を忘れて喜ぶ姿を見せた。孤高、孤独の人のヨロイを脱ぎ捨てた、と見えた。イチローは“奇跡の人”に出会うことによって、「徳は孤ならず、必ず隣あり」という、その「隣」をついに得たのだ、と思った。それにしてもイチローの自己省察の深さには、いつものことながら驚く。

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