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vol.440-1(2009年3月10日発行)

岡崎 満義 /ジャーナリスト
沖縄は英語が常用語だった!?

 昭和47年に沖縄の施政権がアメリカから日本に返還された。といっても、まだ基地はそのままで、問題がすべて解決しているわけではない。その反面、芸能人やスポーツ人、とくにゴルフの宮里藍、諸見里しのぶ、宮里美和など、若い才能が多数出てきているのも事実だ。高校野球も強い。近年、プロ野球やサッカーのJリーグも、沖縄キャンプをはることが多くなって、早春の時期の沖縄は“スポーツ島”になる感じだ。

 2月20日付毎日新聞夕刊で、富重圭以子・専門編集委員が、プロ野球キャンプめぐりをした加藤良三コミッショナーに同行した話を書いている。加藤さんは若い頃、沖縄返還交渉に携ったという思い出話を聞いたときのこと。ある球団監督と若い記者とのやりとりを小耳にはさんでびっくりした、と書いている。

 「『アメリカ軍の統制下だったころ、沖縄では何語をしゃべっていたんだ? 英語か?』ときかれた記者が『どうなんでしょう。やっぱり英語ですかね』。まわりに地元の人がいなくてよかった。何年間もさんざんお世話になっていながら、沖縄の歴史を考えたことがないのがバレバレだ。・・・せっかくの沖縄キャンプ、休日ぐらいは、歴史やもう一つのキャンプについても思いを巡らせたい。監督も選手も、もちろん記者も」

 この記事を読んで、昭和50年頃だったかと思うが、人気の経済評論家・牧野昇さんから聞いた話を思い出した。牧野さんは講演会に呼ばれると、冒頭にひとつ、沖縄についてのマクラをふって、聴衆を笑わせるのが常だった。

 「沖縄に講演旅行に行く、と言ったら、友人が『沖縄には本土にいない毒蛇がいるから、噛まれないように注意すること』と、アドバイスをくれた。沖縄に行って問題の蛇を見かけたので、私は訊いた。『おまえは毒蛇かね?』蛇は何もこたえない。同行者が『沖縄は長年アメリカの施政下にあったから、蛇は日本語を忘れているんじゃないか。英語でたずねてみたら』と言うので、私が『ドゥ・ユー・ハブ・ア・ポイズン』と訊くと、蛇は『イエス・アイ・ハブ』と答えた」と、マクラをふって、笑いをとったそうだ。この「英語」は罪のない話に使われているが、富重さんのレポートは笑ってすますわけにはいかない。

 事実、野球評論家の豊田泰光さんが、早速、週刊ベースボールの名物コラム「オレが許さん!」(3月16日号)で、大いに怒っている。

 「まあ、アメリカと戦争したことを知らない若者がいるんだから、こんな会話があっても不思議ではないんですが、しかし、オレは富重さん以上にびっくりしちゃいましたねえ。何のために9球団も沖縄でキャンプをやっているの? 沖縄戦で20万人近い人が亡くなっているのですよ。そういうところでキャンプをやらせてもらっているのなら、せめて近代の沖縄の歴史ぐらい知っておかなくっちゃあ、20万人の人々に申し訳が立ちませんよ、まったく」

 同感です。6月か7月頃には、山崎豊子さんの小説『運命の人』が刊行されるはず。最近、山崎さんからいただいた葉書に「・・・『運命の人』はおかげさまで完結致しました。目下、ゲラ訂正中です。(月刊文藝春秋に連載したもの)2001年1月から取材をはじめ、2008年12月で完結しました。途中、何度も疼痛に苦しめられ、『なぜ、最後の長編小説の最中に!』と泣く思いをしばしば経験しました。・・・」とあった。“火の玉作家”山崎豊子さんが全身全霊をかたむけた長編小説である。沖縄返還をめぐる有名な外務省機密漏洩事件の裁判で「情を通じて」マル秘文書を入手したとされた新聞記者が主人公のこの小説は、現代史を鋭く抉り、主人公のその後の生き方の中に沖縄の、今もなおきびしい現実を浮かび上がらせている。

 問題にされたプロ野球の監督、選手、記者のみならず、多くの人に、ぜひ一読をすすめたい。

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