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vol.474-1(2010年1月8日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

スケートの新星に育成のヒントがある

 2月12日のバンクーバー五輪開幕まで1カ月余りとなり、日増しに報道量も増えてきた。そんな中、スピードスケートで史上最年少、15歳で五輪代表に選ばれた高木美帆という選手がにわかに脚光を浴びている。北海道幕別町立札内中の3年生。その若さもさることながら、注目すべきは彼女が育った環境にある。それは、日本スポーツ界が目指す方向と正反対にあるからだ。

 日本のスポーツ界が目指している方向といえば、「英才教育」の一語に尽きるだろう。サッカー、バレーボールなどは自前でナショナルトレーニングセンターを作り、優秀な中学生に寄宿生活を送らせている。日本オリンピック委員会(JOC)も東京・西が丘のナショナルトレーニングセンターに「エリートアカデミー」を開講し、卓球やレスリング、フェンシングの将来の日本代表候補が住み込みで競技生活を送っている。いずれも早い段階から選手を発掘して専門的な能力を身につけさせ、国際舞台で活躍できる選手を育成しようというやり方である。

 高木は違う。全十勝中体連スピードスケートクラブという、十勝管内の中学生を集めた地元のクラブに入っている。その一方で、札内中ではサッカー部に所属。中学校では女子サッカー部のある学校は少ないため、男子と一緒にプレーすることが認められており、高木はレギュラーのFWとして男子顔負けのプレーをしていたそうだ。それが目にとまり、一昨年12月には福島・Jヴィレッジでの15歳以下日本代表候補合宿にも呼ばれた。この他にもヒップホップダンス教室に通っているという。こうした環境を見ると、高木は多彩なスポーツに取り組みながら、自らの競技力を向上させてきたといえる。強靱な足腰や瞬発力はスケートやサッカーで、柔軟性はダンスで培われたのかも知れない。

 ここで考えたいのは、彼女には中学校の部活動と地域のクラブという、2つの場があり、さらに習い事の場もあったということだ。これは何も北海道だけの特殊環境ではない。地域クラブは各地で広がりを見せている。今、部活動は教員の不足もあって試合がない週末は休みというケースが多い。逆に週末に地域クラブで活動すれば、異種競技の両立もできる。習い事にしても各種ある。そんな環境を最大限に生かせば、中学生の能力はいろんな分野で伸びる可能性がある。それはスポーツだけに限ったことではない。

 高木は今後、スケート選手の道に進むのだろうが、それさえも限定する必要はなく、いろんなことに挑戦して、自分の幅を広げておくべきだ。彼女は、これまでの日本にはいなかったタイプのアスリートに育つ可能性を秘めている。そのために周囲も配慮してあげる必要がある。

 少子化の時代、競技団体は有能な選手を囲い込もうと躍起だ。「昔のように自然発生的に選手は育ってこない。早い段階から選手を育てて五輪でメダルを獲れなければ、競技の存続にかかわる」と危機感に満ちた声を聞いたこともある。

 だが、そんな方法とは違う環境から育ってきた選手が、五輪の舞台に立つ。過剰な期待をかける必要はない。まだ15歳。可能性に満ちたアスリートの「序章」を大騒ぎせずに見守りたいものだ。

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