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vol.528-1(2011年4月27日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

「世界市民」思想とロンドン五輪

 プロ野球もJリーグも始まり、東日本大震災後、自粛ムードの強かったスポーツ界にも活気が戻ってきた。「がんばろう」のスローガンが球場やスタジアムに掲げられ、被災地への思いを打ち出している。そして、考えるのは来年のロンドン五輪のことだ。

 五輪になれば、きっと日本代表選手に「復興のために、がんばれ!ニッポン」という声が高まるだろう。選手たちが被災した人への気持ちを胸に頑張ることは素晴らしいし、異論を唱えるつもりはない。だが、五輪に求めるのが日本のメダルばかりというのでは、少し視野が狭いのではないかとも思う。世界のトップアスリートが集まる舞台だからこそ、我々も世界とのつながりを意識したいものだ。

 このコラムでも以前取り上げた政治哲学者、ハーバード大のマイケル・サンデル教授が、同大で開かれた学生とのシンポジウムで「世界市民」という考え方を披露したという(4月24日付朝日新聞)。

 サンデル教授の問い掛けは、今回の大震災を通じ、他者の痛みや喜びを自分
のことのように共有する「世界市民」の意識が国境や文化を超えて生まれるだろうか、というものだ。インド洋大津波やハリケーン・カトリーナ、ハイチ大地震・・・。日本だけでなく、世界各地で起きる大災害の刻明な情報は、インターネットを通じ一瞬にして世界に伝わる。もはや遠い外国の出来事ではなく、いつ自分の身に起きても不思議はないという感覚を世界の人々が持つようになっている。

 記事の中でサンデル教授は「共感だけでは変わらない。私たちが他者と持続的なかかわりを築くことができるかにかかっている」と述べている。地球の環境をどう保ち、エネルギーや富をどう分配し、人間はどう生きていくべきか。そうした意識を持ちながら世界全体が行動する時代になっていくのではないか、という問題提起だろう。

 日本オリンピック委員会(JOC)とのパートナーシップ協定の再調印のため来日した米国オリンピック委員会(USOC)のプロブスト会長は、東日本大震災の被災者を勇気づける活動として自国の選手を日本に派遣する考えを示したという。背景には日米の同盟関係もあるだろう。だが、政治の話は抜きにして、米国のスポーツ界はプロ・アマ問わず、社会貢献の意識が高いことで知られる。そんな価値観に根ざした協力関係が、他国との間でも築かれることに期待したい。五輪はスポーツを通して世界の人々が集い、触れあう機会でもある。

 「オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある」

 何度も取り上げられてきた五輪憲章の一文を改めて読んでみると、サンデル教授の「世界市民」思想につながる哲学がスポーツにも宿っていることが分かる。

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