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vol.558-1(2012年10月11日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

敢然と上海のコートに立った錦織

 テニスの錦織圭が楽天ジャパン・オープンで初優勝し、ツアー2勝目を挙げたのは10月7日のことだ。だが、優勝の余韻に浸る間もなく、錦織はツアーの行われる次の場所に移った。上海である。

 共同通信の配信記事によると、ジャパン・オープンから2日後の9日、マスターズ上海大会に出場した錦織は「やるべきことは自分のテニスをすること」と言い切り、シングルス1回戦で中国の呉迪という選手を圧倒した。翌日の2回戦で敗れはしたが、緊迫する日中関係下にあって「スポーツと政治は別もの」の論理を体現してみせた。

 尖閣問題が過熱する中、日本と中国とのスポーツ交流はすっかり途絶えてしまったかのようだ。バドミントンのヨネックス・ジャパン・オープンに参加予定だった中国選手団が出場を辞退したのを皮切りに、日本側は中国での自転車ロードレースから実業団チームが撤退したり、卓球の石川佳純が中国でのワールドカップやスーパーリーグ参戦を断念したりした。日中国交正常化40周年の記念事業の一環だった大相撲・横綱白鵬の訪中も中止となった。これらは報道された一部に過ぎず、多くの競技団体は中国との関係に神経をとがらせている。

 中国各地での暴徒化した反日デモを映像で見ていると、選手派遣をためらう事情はよく理解できる。今も安全が保障されたわけではない。錦織が出場した上海での試合前にも、中国人の観客の1人が「釣魚島は中国のものだ」と叫ぶ場面があったそうだ。だが、そういう試合でも、敢然とコートに立ち、プレーに専念した錦織の気概は、さすが国境を越えて生きるプロアスリートの姿として称賛されていい。

 一方、20年夏季五輪の招致レースにおいて、東京はこの問題を避けては通れない。領土問題をめぐり、中国だけでなく、韓国との関係も冷え込んでいる。両国と緊張関係が続いては、たとえ五輪招致に成功したとしても課題山積だ。政治家の態度次第で関係がさらに悪化する可能性もある。そうなれば、国際政治を巻き込んだやっかいな問題に発展するかも知れない。隣国との関係は、五輪運動の推進という意味では国内支持率のアップ以上に重要なテーマといえる。

 スポーツ界もそろそろ緊張の糸をほどきながら、交流を再開してはどうか。11月にはフィギュアスケートの中国杯が上海で開かれ、浅田真央や高橋大輔が出場する。彼らもまた、錦織と同様、世界をまたにかけて活動するアスリートである。日本スケート連盟は派遣見送りを一度は検討したが、選手の安全確保を確認した上で参加する方針だという。そうして各国との関係を構築していくことが、国際スポーツ界に身を置く人たちの役目だと思う。政治が硬直化していても、スポーツ界にはやれることが数多くある。その土台は備わっているはずだ。

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