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vol.598-1(2014年2月27日発行)
岡 邦行 /ルポライター

原発禍!「フクシマ」ルポ―30

 ロシア・ソチでの冬季オリンピックが無事に終わり、続いて来月7日からはパラリンピックが開催されるが、そのたびに思う。障がい者の世界大会はパラリンピックだけではなく、「デフリンピック(聴覚障がい)」と「スペシャルオリンピックス(知的障がい)」が往々にして忘れられているからだ。
どちらもパラリンピック同様にIOCから“オリンピック”の名称使用を許可されている。しかし、そのことをどれだけの人たちが知っているのだろうか。もっと多くの人たちに4年ごとに夏季と冬季の世界大会を開催する、デフリンピックとスペシャルオリンピックの存在を知って欲しい。
そして、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、何らかの形でデフリンピックとスペシャルオリンピックスがアピールできる場を設けるべきである。それがアジアで初めて2度目のオリンピックを開催する、日本=東京の大きな任務ではないだろうか・・・。
それにしても2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長・森喜朗の浅田真央選手に対する失言―「大事なときは必ず転ぶ」「団体戦に出なければよかった」には驚いた。厚顔無恥というか、この元首相はオリンピック精神をどう理解しているのか。郷里・石川県の大先輩であり、64年の東京オリンピック選手強化対策本部長兼選手団長を務めた、故・大島鎌吉は嘆いているだろう。

 ここで閑話休題―。
「岡さん、2ヵ月ぶりに東京に行きますので、愚痴を聞いてくれませんか?」
 先週末、そういって電話をしてきた50代のAさんは、東電の下請け会社に勤務。県外に避難している家族と離れ、いわき市の借上げアパートから福島原発に仲間とともに通勤している。昨年暮れからは、社命で除染作業に従事しているという。
都内の喫茶店で会うなり、Aさんは私を前に語り始めた。
「まあ、除染といっても酷いもんですよ。環境省からの仕事で、ゼネコンのB社が仕切っているけど、日雇いの作業員は可哀相だね。(原発から)20キロ圏外の地区の除染をするときは、使い捨てのサージカルマスクを支給されるだけでね。20キロ圏内の放射線量が高い地区の除染の際は、M3(エムスリー)の防じんマスクとタイベック製の白い防護服が支給されるんだが、洗濯は自分らでしなければなんない。環境省というか、国もゼネコン側も放射能を甘くみているんだ。連中は指示するだけでね、現場には行かないからね・・・」
 いつも現場の情報を伝えてくれる、Aさんの話は尽きない。溜息をつき、続けていった。
「日当1万5000円だからね、けっこう作業員は集まるけど、私ら社員は若い連中にいうんだ。『20代、30代の者は除染作業なんかやんねえほうがいいぞ』ってね。とくに20キロ圏内での作業は被曝覚悟でやんなくちゃなんねえし、家族への影響もあるしね。リスクは計り知れないんだ・・・。
 それで、このことはあまりいいたくねえけど、私らは作業を始まる前に上から強くいわれるんだよ。『除染は数値よりも見た目だぞ』ってね。この言葉って、私ら地元の人間を馬鹿にしているよな。要するに、除染の本来の目的は放射線量を下げることなんだが、そんなことよりも見た目がよければいいということだよ・・・」
 数値よりも見た目だぞ―。これが手抜きを超えた、除染作業の実態である。

 昨年5月末だった。私は南相馬市原町区石神の大谷地区に出向き、線量が高いホットスポットの除染作業の現場を取材した(「ルポ13号」に記述)。そのときに会ったTさんは、次のように証言した。
 ―3日前に大手ゼネコンの竹中工務店に雇われた作業員がやってきてね、庭を除染してくれました。でも、あの人たちは表土5センチを取り除くといっていましたが、黙って見ていると3センチほどしか取り除かなかったです。それで除染後は、山砂と粘土質の土を混ぜたものを入れるというので、私は「草花にいい黒土にして欲しい」といったのですが、「黒土はすぐに雑草が伸びるからダメだ」と断られました。それで驚いたのですが、作業員は「こうして除染しても2ヵ月くらいしかもたないんだよなあ」といいました。だから、私は「じゃあ、除染しても何の足しにもなんねえべ」といったら、笑っていました・・・。
 除染されたTさんの庭を、私は持参した放射線量計で測ってみた。数値は0・8〜1・0マイクロシーベルトで、基準値の0・23を大きく上回っていた。その数値を確認したTさんは、呆れ顔で呟くようにいった。
「除染前と同じだ。2ヵ月どころか3日も持たなかったべ・・・」
 原発から25キロ離れているとはいえ、大谷地区は高いところで2・0〜3・0マイクロシーベルトを計測することができた。しかし、除染作業員たちはマスクをしているものの、防護服は着用していなかった。汚染土が入れられた黒いフレコンバッグが積み上げられた、仮置き場で働く作業員の姿も同じだった。Aさんの話によれば、このことは1年後の今も同じである。
 この国は、すっかり放射能に犯されてしまったのか。
今週末、私はフクシマに行き、その足で宮城・岩手の被災地を訪ねる予定だ。3・11から丸3年経った現実を、しっかりとこの目で見る。

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