スポーツネットワーク
topページへ
スポーツバンクへ
オリジナルコラムへ

vol.600-1(2014年4月9日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

「小さな旅」に見た国立競技場の未来像

 4月6日の日曜朝に放送されたNHKの「小さな旅」は、記者仲間でも話題になった。その日のテーマは「歓声はふたたび〜東京 国立競技場〜」。地味な番組ながら、このスタジアムがなぜ国民に愛されてきたかが、じんわりと伝わってくる内容に共感したからだ。

 これまで多く報じられてきたのは、1964年の東京五輪やサッカー、ラグビーの数々の名勝負を生んだ舞台としての国立競技場だった。だが、この「小さな旅」という25分番組では、国立競技場にまつわる市井の人々をNHKの元ベテランアナウンサー、国井雅比古さんが訪ね、薄暗い照明に照らされた夜のトラックを黙々と走る一般ランナーや、競技場の中にあるプールで開催されてきた水泳教室、小学生のタグラグビー、芝生の維持に腐心する女性グラウンドキーパーたちを取り上げた。

 中でも、競技場近くにある都営「霞ケ丘アパート」に住みながら、団地内で雑貨店を続けてきた80歳の老夫婦のインタビューは興味深いものだった。

 1961年に建てられたこの団地には今も160世帯が住んでいるが、新国立競技場の建設に伴い、取り壊しが決まっている。若い頃からずっとこの団地で生活してきた甚野さんという夫婦がインタビューで取り出したのは、50年前の東京五輪のチケットだった。円盤投げなどが行われた大会第9日のチケットで、「2等」と書かれている。2人は決して立ち退きの不満や今後の生活の不安には触れず、国立競技場の歓声を近くで直に聞きながら暮らしてきた半世紀の人生を振り返る。

 国立競技場を含む明治神宮外苑は、ビッグイベントの観戦だけなく、スポーツをする人々にも広く開放されてきた。ランニングや水泳、草野球、ゴルフの打ちっ放し・・・。夫の甚野公平さんは、そんな光景を見ながら「国立競技場をバックに野球をしている子供たちや運動をしている若い人を見るといいなあと思います。やはり若い人が大勢いた方がいい」と語る。

 大阪の出身の私にも、同様の記憶がある。ミナミのど真ん中にあった大阪球場だ。南海ホークスの本拠地球場というだけではなく、スケートリンクや卓球場、古本屋街、文化センターまであった。隣接の馬券売り場にたむろする大人たちの雑踏も強い印象に残っている。昔の人々はどうやれば、だれもが楽しめるのかを追求し、工夫を重ねたに違いない。それがスポーツ施設のあり方に反映されていた。だが、その大阪球場も今はない。

 国立競技場は5月25日に開かれるラグビーのアジア5カ国対抗、日本・香港戦を最後に閉鎖され、7月から解体工事が始まる。

筆者プロフィール
滝口氏バックナンバー
SAバックナンバーリスト
          
無料購読お申し込み

advantage
adavan登録はこちら
メール配信先の変更
(登録アドレスを明記)
ご意見・ご要望

Copyright (C) 2004 Sports Design Institute All Right Reserved
本サイトに掲載の記事・写真・イラストレーションの無断転載を禁じます。  →ご利用条件