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vol.721-1(2017年7月25日発行)
岡 邦行 /ルポライター

原発禍!「フクシマ」ルポ91

 めずらしく早起きした。といっても8時過ぎだけど。この日は高校野球・夏の甲子園大会福島県予選決勝戦、聖光学院対いわき光洋戦が福島市のあづま球場で行われるが、たぶん今夏も聖光が勝つんだろうな。そう思いつつ、眠気眼をこすりながら決めた。
 そうだ、久しぶりに新宿に出向き、武蔵野館で映画を観よう。1週間前から『彼女の人生は間違いじゃない』が上映されているはずだ―と。
 私にとってJR新宿駅中央口近くにある武蔵野館は懐かしい場所だ。46年前、大学在学中にボウリング記者としてスタートした当時、ボウリングのいろはを伝授してくれたのが武蔵野館内にあったムサシノボウル専属プロのMさんであり、取材後は決まって武蔵野館で映画を観ていたのだから・・・。
 映画『彼女の人生は間違いじゃない』は、福島出身の廣木隆一監督の最新作。3・11後のフクシマをテーマにしたもので、いわき市の仮設住宅で暮らす父娘の生活を中心に撮られている。妻を津波で亡くし、放射能汚染で農業を奪われた父の修(光石研)は、毎晩飲んだくれ、賠償金をパチンコに注ぎ込む日々を送っている。一方、市役所職員の娘・みゆき(滝内公美)は、週末になると高速バスに乗って上京。東京駅のトイレで都会の女性になり、渋谷のデリヘルで働く・・・。
 白い防護服姿で除染をする作業員、崩壊した原発、荒れ果てた田畑、汚染土が入れられた黒いフレコンバッグが山積みされた光景、気が狂った仮設住宅住まいの主婦・・・。原発禍の街のシーンが次つぎと映り出される。東京に供給される送電線の鉄塔を眺め、高速バスで上京する滝内の無言の演技と、船に乗り「母ちゃん、寒いだろ、寒いだろ・・・」と叫び、冬物の衣装を海に投げ続ける光石の演技には迫力があった。ただし、ときおり原発ではなく、火発と思われるシーンがあったことに関しては「?」だったものの、1時間59分の上映中に私は何度も涙を拭った。それに観客の7割ほどは20代・30代だったために安堵を覚えつつ、武蔵野館を出た・・・。

 その日の夕方、予想通り県内一の部員約130名を誇る聖光学院が難なく勝ち、11年連続14回目の夏の甲子園出場を決めたことを知った。
 前号でも書いたが、私は5月下旬に故郷・南相馬に帰り、原発禍の街の高校野球を取材した。部員数の少なさにどこの高校も悩みながらも、福島県予選で唯一、ベスト8まで勝ち進んだのが、小高産業技術高(この4月に小高工と小高商が統合)だった。だが、惜しくも準々決勝で聖光に負けてしまった。
 その小高産業技術高の練習も見に行った。そのときだ。ネット裏にいる私に1人の選手が声をかけてきた。
 「岡さん、ぼくを覚えていますか?」
 「覚えているよ。R君だよね。身長伸びたかい?」
 「はい、167センチになりました・・・」
 そんな会話を交わしていると、もう1人の選手が笑顔で走ってきた。H君だ。
 「ぼくのことも覚えていますか?」
 「H君だろ。ピッチャーやめたんだ?」
 「はい、今はサードを守っています。守備と肩には自信があります・・・」
 もう5年前になる。私は南相馬市の少年野球チーム「南相馬ジュニアベースボールクラブ」を2年間に亘り取材し、『南相馬少年野球団』(ビジネス社)を出版した。R君とH君の2人はそのときのメンバーで、身長139センチにもかかわらずR君はキャッチャーで4番、H君は5番でエースとして活躍していた。
 あれから5年、山形や新潟で避難生活を経験した2人は故郷に戻り、今は高校2年生になっている。練習後、監督の服部芳裕さんの計らいで全員集合の写真を撮ることができた。帰り際、17歳のR君は私に言った。
 「あと5センチは高くなりたいです」
 「素振りも忘れるなよ」
 「わかっています。また練習を見にきてください」
 その隣でH君は黙って頷いていた。
 野球小僧である、坊主頭のR君とH君の態度は清しい。
 この7月下旬、山形でのインターハイ取材後に私は南相馬に行く。新チームになった小高産業技術高の練習を見ることが楽しみだ。

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