| オススメBooks |
|
|
|
|
1,680円(税込)
早坂 隆(はやさか・たかし)・著 文藝春秋
陸上競技で中長距離界を席巻するケニアの選手。彼らの強さには何か科学的に証明できる根拠があるのか。世界中でその「謎」に興味を持ち、研究を続ける学者は数多い。
朝日新聞のロンドン駐在員で市民マラソンランナーである忠鉢記者は、雑誌“ランナーズ・ワールド”に紹介されたグラスゴーのピツィラディス博士の新学説「ケニアのランナーはレース前に減量し、水分補給も少なく、身体を軽く保っていることが速さの理由」に惹かれ取材に訪れる。ギリシャ系で精力的な博士は典型的なフィールド派で、エチオピアとケニアの陸上選手から膨大な細胞サンプルを採取し、いわば定説である「強さは遺伝」を覆すべく研究に打ち込んでいた。さらに、“ネガティブ・バランス”即ちエネルギー消費が摂取を上回る状態でケニア人はかえって好成績を上げていることを実証し、レース中に十二分に水を補給すべきというスポーツ界の「常識」はゲータレードの陰謀だと主張する。
遺伝の定説はスウェーデン人で、現在はデンマークのマッスル・リサーチ・センターで所長を務めるスポーツ医科学の大御所、サルティン教授が永年の研究から導いた推論である。著者はコペンハーゲンを訪ね、サルティン教授と助手のラーションから彼らの研究成果を聞く機会を得た。ケニアの中でも特に優れたランナーであるカレンジン族の「脂肪燃焼効率」と「下肢の細さと軽さ」に着目し、その遺伝的体質こそが速さの秘密だというのだ。
研究者の解説に驚きと一定の納得性を感じつつも、忠鉢記者はどこかで疑問と違和感を覚えていた。ピツィラディス博士に紹介されたアメリカ人の女子大生でケニアのフィールド・スタディを続けるアンディ・ジョンソンにロンドンで面会した著者は、ケニアに数多くある「キャンプ」の存在を知る。キャンプとは中長距離ランナーのトレーニング施設で、中でもカプサイトという僻地に注目すべきキャンプがあるという。主宰者で、自身2時間7分台のマラソン選手だったエリック・キマイヨの連絡先を教えてもらい、著者はナイロビ経由ケニアの辺境の地に赴く。
電気もないカプサイトのキャンプでエリックの話に耳を傾け、トレーニングにも果敢にチャレンジして肌身でカレンジン・ランナーのメンタリティーを理解してゆく。ランナーになることは生計をたてるため。そしてトレーニングを積めば「誰でも速く走れる」はずだ、という信念。そして「その気にさせるためのトレーニング法」である。折りしも、ケニア第2の都市、モンバサで開催されるクロスカントリー世界選手権を取材した忠鉢記者は、現地で学者たちと再会を果たす。更には、空港や、ホテル、会場などで選手やコーチに取材する機会を得るが、「ケニア選手の強さはこれだ」、という科学的根拠はとうとう得られなかった。強さは複数の要素が絡み合った結果に違いない。
でもその中心にあるのは独特のメンタリティーなのではないか、と著者は推測する。
着想から取材、さらに展開と力強いストーリー構築で面白く読んだ。世界遺産を訪ねるネイチャー・ドキュメンタリーのようであり、サイエンスに重きを置いたトラベル・サスペンスのようでもある。局面が次々と展開してゆく構成は、多分にベストセラー小説である「ダヴィンチ・コード」の影響を受けているような印象を持ったが、だからと言ってそこに嫌みは感じない。新鮮である。文体は歯切れがよく、短い文章を畳みかけるように積み上げてリズム感がある。所々に挿入されている会話も生き生きしていて、リアリティを演出している。
確かに、ケニア選手の強さ、速さに接したとき我々は驚き、あきらめに似た心境で「サバンナを走り回っているから」とか「高地で生活しているから」と言い訳を思い浮かべるのではないか。しかし、本当にそうなのだろうか。本書を通じ、数多くの真剣な研究がなされている事実に驚くと同時にカレンジンという部族の存在、部族問題、ケニア国民生活におけるロードレースのポジションなど興味深いテーマを知った。欧米人がアフリカンに対して抱く「研究対象」としての目線も改めて見えたような気がする。大学でスポーツ科学を専門とする学部に在籍した著者ならではの理解力と、コミュニケーション能力を伴う語学力の高さによって、かなり難解な医科学、生理学の専門領域すら抵抗無く読み進められるのは見事である。従来のスポーツノンフィクションにはなかった新領域を開拓した作品と言えるのではないだろうか。
取材には3ヶ月かけたという。そして一昨年6月11日〜15日の朝日新聞夕刊で「長距離王国ケニアからの報告」として連載された。しかしながら、新聞連載は忠鉢記者が掘り起こしたテーマのほんの一部でしかなく、もったいない。一方、本書においても結論は尻つぼみである。著者の信じるところをもっと大胆に言い切っても良かったかもしれないが、このテーマにはまだ先がある、と筆者が結びに述べていることを信じ、さらなる取材と執筆活動に期待したい。今年40歳になる1969年生まれ。既成概念に囚われず、探求する姿勢を持ち続けていただきたい。書店の棚に並んでいても、惹きつける「タイトル」もいい。
|
|
2010年度第21回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作品
Rの輪―広陵野球の美学
1,575円(税込)
山田 良純(やまだ・よしずみ)・著 南々社
広島の広陵高校といえば野球の名門校として知られているが、その実、夏の甲子園ではきっちり40年周期(昭和2年、42年、平成19年)で決勝戦に進出し、かつ敗れてきたという不思議なチームである。本書はその昭和42年(1967年)と平成19年(2007年)の二度の大会に焦点を当て、三原、中井というそれぞれの監督を軸に、活躍した選手たちの群像を配し、迫真の描写で試合の経過と選手の内面を追求している。
第1部は三原監督率いる昭和の広陵。若い三原のほとんど理不尽なしごきに堪えて、ど根性を発揮する高校生たちの生態が描かれる。監督と選手がぶつかり合い、激しい制裁の一方、反発や反抗も絶えず、広島弁が荒々しく飛び交う日常の練習風景と大会の試合経過が交錯して語られる。「小さな大投手」宇根をはじめ、対照的な二人のキャッチャー生田、石田、豪傑の4番河合など、それぞれのメンバーの性格や行動が浮かびあがる。試合は進んで決勝戦、スポーツ活動に力を入れて名を挙げていた習志野高校に敗れて大泣きする「何の打算もなく、ただ一つのスポーツに打ち込んだ青春の終わり」であった。
第2部は中井監督のもとでの平成の広陵。時代とともに監督のスタイルも変わり、どちらかと言えば「自主性」を重んじ、選手の判断を尊重する監督のもとで、広陵は順調に勝ち上がる。ここでも選手たちの個性やエピソードが丹念な取材をもとに紹介されつつ、ゲームが進んでいく。特待生問題で揺れたこの年、決勝戦の相手は公立校ということで人気を集めた佐賀北高だった。勝てる試合を審判の微妙な判定と逆転満塁ホームランでひっくり返され、監督がインタビューでタブーの審判批判をするという事件が付け加わる。しかし、選手の偽りない気持ちを代弁したこの発言は監督と選手たちとの絆を強めることになった。
著者はまた「その後」の余韻を描くことを忘れない。第1部の終章(10章)では、準優勝後もしばらく活躍をつづけた広陵が力を落とし、ほどなく三原監督が無理解な上司と激突して去っていく経緯と、それと対照的な、選手たちの活躍のシーンが記録映画に取り上げられたエピソードが紹介される。第2部では短い15章で勝った佐賀北と負けた広陵の、次年度での明暗が語られる。
そして全体の「その後」としての短い第3部では、選手や監督の後日談とともに、野球という<特殊な世界>がかえって社会の常識や人間的な能力を養う場であり、野球が「社会のレギュラー」を育てていたことが示される。さらに昨今、自分で意見が言えず親に言わせる子供が目立ち、なんでも合理的な説明を求める風潮が広がったことを批判的に紹介しつつ「教育とは一体何なのか」という問いを改めて突き付けている。著者が広陵の「美学」に寄せて何を語りたかったかは明瞭である。著者は広陵の甲子園物語を借りて、日本の社会の変化、心、教育とは何か、という問題を必死に書いている。
この作品の特色は、選手や監督の心のひだに迫ろうとしていることである。試合の流れの中で成功・失敗の決定的な瞬間を彼らが何を考えて行動し、何を感じ取ったかを、立場の違う人々の証言を組み合わせて浮かび上がらせている。描写が選手の内面に食い込みすぎるといささかフィクショナル(小説的)な雰囲気も出てくるが、激しく肉体がぶつかり合うゲームの背面でどんな複雑微妙な、また不可思議な心理的な展開があるのかを著者は描こうと試みており、それがこの作品に深みを与えている。67年の決勝戦で代打夏山がヒットを打つところで「ボールがバットに当たったのはわかった。だが、どこに飛んだのかはわからなかった。一生懸命走るのだが、フワフワして一塁に近づかない気がした。(147n)」以下の描写など、当事者でなければ分からない不可思議な感覚をみごとに捉えている。
どこの高校の部活でもみられるような日常の細部を伝える一コマや、青春のただなかにいる点において時代を経ても変わらぬ、どこにでもいる高校生たちの素顔を伝えるエピソードが、取材を通じて丹念に掘り起こされ、本人の人柄までも伝わってくるような語った言葉そのままを再現する筆致で綴られ、ノンフィクションとして手堅い手法で脇が固められている。
昭和のチームと平成のチーム、ともに準優勝したチームは、甲子園で優勝することよりもむしろ意味ある大きな心の財産を手にした。40年の時を経て社会は大きく変化し、高校生の気質も部活のありかたも様変わりした一方で変わらないもの。広陵野球部の一員であったことの誇りと広陵で野球ができたことの幸せ。ユニフォームの胸の中央に輝く「R」の輪は、その象徴であった。
本書の文章には勢いと輝きがあり、不思議な魅力と「読ませる力」を持っている。反面、滑りすぎておかしな文も多々あるのが欠点である。日本語の誤用も多い。野球用語の間違いもあるし、事実誤認(平成七年の阪神大震災を平成六年としている)、ワープロの変換ミス、誤字脱字もあり、作品としてかなり粗削りな印象と瑕疵があることは否めない。
著者は1969年広島生まれ。前作に同じ南々社から刊行した『日本一の準優勝 広陵・夏の甲子園2007』がある。前作の著者紹介によると、著者は広陵高校の出身であるが、野球部員ではなかった。20代は職を転々としたが、現在は北海道の公立中学校で美術教師(08年で11年目とある)をし、陸上部の顧問。南々社は主に実用書で実績のある、広島の小出版社。
|
|
|
-円(税込)
共同通信社 編集委員室
陸上競技で中長距離界を席巻するケニアの選手。彼らの強さには何か科学的に証明できる根拠があるのか。世界中でその「謎」に興味を持ち、研究を続ける学者は数多い。
2011年の日本体協設立100周年に向けて、スポーツ人が生きてきた心の軌跡を掘り起こし、スポーツの原点を再発見しようとした年間大型連載企画。有名選手だけでなく、陰でスポーツを支えた人々や、先駆者として道を切り開いた選手にもスポットライトを当てた。毎週1本、計50本配信し、全国の35紙に掲載された。
第1回の主人公は64年東京オリンピックの聖火最終ランナーであった坂井義則。広島生まれの坂井は原爆投下の日に生を受けたということでアトミックボーイとも呼ばれ、平和の象徴とされた。彼の聖地は国立競技場。聖火台から見下ろしたフィールドには94カ国の選手団がつどっていた。まさに平和の具現化であった。最終ランナーの肩書が人生を規定した。しかし、就職したテレビ局で中継を担当したミュンヘン、アトランタのオリンピックはテロの標的になった。また、模範的な生き方を貫こうとしてきた坂井にとって、ビジネス化したスポーツの裏表を肯定することは心の聖地を否定するようなものだったのかもしれない。
第2回以降も、白人以外で初めて米プロバスケットボール選手になった日系人のワット・ミカサ、登山家の加藤滝男・保男兄弟、オグリキャップの装蹄師三輪勝、水泳の橋爪四郎、ケニアでランナーを発掘してきた小林俊一など、興味深い人物を掘り起こしている。特に橋爪が、水泳の道を開いてくれた先輩の古橋廣之進(故人)への思いから、ヘルシンキ五輪の銀メダルを表には出さなかったというのは、心に響く逸話だ。体操の池田敬子が「あのころはママさん選手がたくさんいたわよ」と指摘しているのも面白かった。慶応のボートが沈んだ「あらしの早慶レガッタ」は、ラジオ放送のため荒天の中スタートを強行したらしいという裏話や、ボート人の異なる考え方が興味を引いた。卓球の荘則棟が中国育ちの日本人女性と再婚していることも初めて知る話だった。
戦前戦後の苦難を切り開いてきたアスリートの生き方は、現代の若い人の指針にもなるというのも、狙いの一つのようだ。また、かるたや将棋を取り上げたのも面白い。しかしその一方で、王をはじめ、張本、瀬古、北の海などは「今更感」を覚えるし、外国人、特にフィリピンのプロボクサーは何故取り上げたのか、その真意はまったくわからない。瀬古利彦は「マラソン走者」、君原健二は「マラソン」、橋爪は「水泳」、岩崎恭子は「競泳」と肩書きの統一がとれていないのもいただけない。
テーマの「心の聖地」は違和感が付きまとう。崇高で侵しがたいイメージだが、札幌五輪でブランデージIOC会長から追放処分を受けたカール・シュランツにとって札幌は心の聖地なのだろうか。カシアス内藤にとっての38度線は、覚えてもいない父親が戦死したらしい場所とのことだが、これもしっくり来ない。柔道のモハメド・ラシュワンにとって、生まれ育った土地、今も暮らすアレクサンドリアは「ふるさと」「わが町」であって、「聖地」などと呼べるのか。やや古めかしい、気障なタイトルがこじつけの印象を与える記事が結構あった。「聖地」といえば、よほど深く胸に刻みつけられた場所、忘れ得ぬ場所ということだろう。企画書には「スポーツ人の哀歓を通して時代を描く」とある。何かほかに、素直な言葉の、できれば洒落たフレーズのネーミングはなかっただろうか。「1年間」にこだわって無理に回数を増やした感じも受ける。
競技別で見ると、プロ野球6人、水泳3人、サッカー2人など、36分野で50人(組)。外国人が数人登場しており、シュランツ、ミカサ、体操のベラ・チャスラフスカ(チェコ)、ラシュワン、荘則棟らは何がしか日本と関わりがあるが、ボクシングのマニー・パッキャオ(フィリピン)がなぜ入ったのか、よくわからない。
往時には語られなかったスポーツの舞台裏や当事者の心情を、新しい時代の視点から掘り起こしていくことも、新聞連載の重要な役目であろう。ただ、企画の段階から狙いや取り上げる対象をきちんと整理することが必要だ。
大型企画として読みごたえがあり、写真もきれいだ。囲みのデータや取材こぼれ話などもいい。企画としての重量感があり、取材力が低下しつつある地方紙にとってはありがたい記事ということになるのだろうか。
|
|
1,500円(税込)
宇都宮 徹壱(うつのみや・てついち) 東邦出版
一人のフットボールをこよなく愛する写真家、写真だけでは喰えないので物書きも兼ねる。同業者が決して足を踏み入れないような辺境の地をほっつき歩いてはフットボール好きの子どもたちやクラブに熱中する大人たちをカメラに収める。「いつも腹を空かせながら、地を這うような視線でフットボールの匂いがするする場所を捜し求める」「フットボールの犬」というのが冒頭に記された著者のいささか自虐的な自己紹介である。
確かに著者の「ほっつき歩き」は半端ではない。本書はこの10年間にわたる、世界を股に掛けたフットボール遍歴の旅の記録だが、イギリスやイタリアのような本場はもちろん、日本人では誰も知らないようなフェロー諸島という辺境中の辺境にも出かけてユーロ2004の予選を観戦する。著者は章の最後に「気が付けば、羊の島の人々は、さりげなく、しかし明快に、フットボールの始原的な喜びを私に提示していた」と書き付ける。本書の中で白眉と言える章である。
ある章では、その地域の歴史や文化に対する鋭い視点と優しい共感が独特の輝きを見せている。アイルランド、エストニア、マルタなどの章が特に心に響く。ヨーロッパフットボールの歴史の奥深さ、日常生活に根付いたローカルなフットボールの魅力、そして現代社会の政治的・経済的パワーバランスを如実に反映したそれぞれの地域のフットボール事情が浮かび上がる。日本の取材網には到底ひっかからないような「マイナー」で「マニアック」な視点から独特のサッカー観が展開される。
また、本書のストーリー(文章)を補強し、メリハリを与えているのがヨーロッパ各地の街とそこに生きる人々、スタジアム、サポーター、選手などの写真である。確かに著者はライターであり写真家なのである。写真を見ているだけでも十分に楽しい。
|
|
|
2009年度第20回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作品
日本レスリングの物語
-円(税込)
柳澤 健(やなぎさわ・たけし) ファイト&ライフ連載
日本におけるレスリングの誕生から今日までの80年余りを綴った歴史書とも呼べるような連載であり、同時に多士済々な人物が生き生きと描かれた大河ロマンのような面白さも併せ持つ。歴史をたどることが可能になったのは、国立国会図書館の新聞資料室に「八田一朗コレクション」という99冊ものスクラップブックが残されているからだ。八田は、これが戦火で失われることを恐れて、在米の知人に預けていた。
この八田一朗こそ、この連載の主人公と呼べる存在だ。早稲田大学出身の柔道家であり、1932年ロサンゼルス五輪のレスリング代表選手でもあった。
連載終盤、八田に匹敵する先見性の持ち主として現日本レスリング協会会長の福田富昭が登場する。特筆すべきは女子レスリングの可能性にいち早く気づいて信念を持って取り組み、今日の隆盛にまで育てた功績である。
女子レスリングを筆頭に史上最多のメダルを獲得したアテネ五輪で、日本選手団全体の強化委員長を務めたのは福田だった。福田はトップアスリート専用のナショナルトレーニングセンターの設立を働きかけて完成後はセンター長となり、日本スポーツ界全体のリーダーとして「国策としてスポーツに取り組むべき」といくつもの事業に着手している。
八田一朗、福田富昭といった人物がレスリングから出た理由を、著者は競技のもつ国際性に求める。数々の困難と理不尽を逞しく生き抜いてきた日本レスリングはやがてまた天才を得、より興味深い物語が紡がれていくだろう、と著者はこの長編を結んだ。
数多くの関係者への取材を中心にしたオーソドックスな手法を柱とし、生き生きとした人物を描き出しながら、わが国における一つのスポーツの誕生からの歴史を綴るという大変意欲的で非常に読み応えがある作品である。
|
|
2008年度第19回ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞作品
ケニア! 彼らはなぜ速いのか
1,850円(税込)
忠鉢 信一(ちゅうばち・しんいち)・著 文芸春秋
戦争を理由に昭和16年に中止となったはずの「全国中等学校優勝野球大会」が、どうした風の吹き回しか翌17年に再開された。しかし、主催は朝日新聞社から取り上げられ、国の主催する「大日本学徒体育振興大会」の一環という位置づけだった。戦局は悪化する一方、野球への圧力も厳しくなる中で、それでも名門校を中心に16校が勝ち上がって熱戦を繰り広げた。著者は歴史のなかで黙殺されているこの大会に注目し、出場16校のトーナメント形式による全15試合を克明に再現、出場した選手たちの当時の思いや甲子園出場後の足跡もたどりながら、戦時下の甲子園大会を鮮やかに描き出している。とは言え、これはあくまで変則的な大会であり、戦後、復活した甲子園大会の数にカウントされることはなかった。「幻の甲子園」と言われる所以である。
幻の甲子園は確かにまともな大会ではなかった。何しろすでに多くの中学校で野球部は「敵性」スポーツとして解散させられ、かろうじて続けているところも、選手は集まらず、ろくな練習場も用具もないような状況だった。それでも国が(あるいは軍が)この大会を復活させたのは、野球という文化が敵性などという中傷を越えて、多くの日本人の生活に深く根づいていたからだろう。戦意高揚のために野球の持つ活力を生かしたいと、戦争の旗振りたちも考えたに相違ない。著者はこの「鬼っ子」とも言え、忘れられかかった大会に敢えて照準を合わせる。16ある章のひとつひとつは、1回戦8試合、2回戦4試合、準決勝2試合と決勝と、忠実な試合の再現でしかない。しかし、そこに確かなリアリティと実況中継のような臨場感さえ覚えるのは、1球ごとのディテールにこだわった筆力のなせる業だろう。さらには、過酷な練習風景や、予選試合、そして甲子園球場自体の建設にいたるまで、ストーリーの周囲を固めてゆく周到さである。
当時の球児たちの多くはすでに鬼籍に入り、指導者たちに至ってはとっくに亡くなっている。取材に応じることができた方々も高齢で、記憶も失われた部分か多いのではないかと危ぶまれる。また戦争を経て資料も散逸し、焼失したに違いない。そのような状況を考えると、著者のインタビューによる球児の生の声の記録は貴重である。「自分たちにとって甲子園は決して幻なんかじゃなかった。主催者が文部省であれ朝日新聞社であれ、野球が出来ることがうれしくてしかたなかった」という、選手たちの一途な思い、そして「甲子園が終わったら戦争に行くんだとあたりまえのように思っていた」という当時の男子学生たちの共通認識を代弁する言葉は、あまりにも異なる環境に対峙せねばならない彼らの運命の過酷さを浮き彫りにして、読む者にせつなく響く。そして、インタビューに応じた選手たちが、70年近くも前の試合の一球一球やワンプレイを克明に記憶していることに驚かされる。甲子園へ行くこと、そこで野球の試合をやることが、球児たちにとっていかに大きな意味を持つものであったかが、ひしひしと伝わってくる。
オールドファンには懐かしい名前も幾多登場する。戦後、毎日オリオンズで「火の玉投手」の異名でならした荒巻淳も大分商業のエースで登場し、敗戦の悔し涙を流している。現在ではあまり知られていない選手も含めて、大会出場者のかなりのメンバーが戦後のプロ野球を支える人材になったことが示される。興味深いエピソードも豊富に紹介されている。例えば、台北工業の選手たちは甲子園の土をスパイク袋に詰めて持ち帰った。この風習は「戦後始まった」というのが定説であるだけに、この証言は貴重である。しかも、台湾・基隆港の検疫検査官は持ち込みをとがめなかったというエピソードまで付け加えられている。著者は丁寧に資料を調べて、「幻の甲子園」出の選手の足跡を丹念に追っている。
筆者の試合の叙述はなかなか巧みで真に迫っている。たぶん、スコアブックを丹念に読み込んだのであろう。それを決して豊富とは言えない当時の報道資料と付き合わせ、かつての選手ならぬ「選士」たちの聞き書きと照らし合わせて試合を再構築して見せてくれる。しかし、よくよく見れば好試合と言えるものは少ない。四球は続出するし(押し出しでの得点の山)、打てばエラーだの送球ミスだの、草野球もいいところである。それでも、個々のプレーの奥を探り、選手の心の状態までも巧みに再現している。とはいえ、15試合とも丹念に再現されていくので、読者としてはいささか単調で飽きを感じる向きもあるかもしれない。それも著者の執念というべきだろうか。
著者は本書を通じて、選士たちを翻弄した狂気の時代を事実に基づいて浮かび上がらせようとしたのだと言えよう。多くの「選士」たちは大会後すぐに紛れもない「戦士」になって戦場に駆り出され、理不尽な死を遂げた者も少なくない。軍隊の体質や特攻攻撃への疑問はしっかり書きこまれていて、戦争批判の視点も強く感じられる。もう一つ印象的なことは、戦前の野球部のしごき体質である。どこのチームも過酷すぎる練習に明け暮れている。そしてそれが多くの選手たちが送り込まれた軍隊の暴力体質と重なってくる。日本に野球が定着したことは結構なことだが、野球部の体質や雰囲気はいかにも日本的な鍛錬主義であった。野球は敵性スポーツどころか、大和魂の訓練場と見なされていたのである。だからこそこの戦時下の野球大会が実現したのではなかったか。その点をさらに追及して、 16年に中止された大会が翌17年に復活された事情とか、本来の主催者である朝日新聞社を排除したのはなぜか、というような疑問を解明すれば、本書の深みがさらに増したであろう。
書き方の問題だが、登場人物について著者は、直接話が聞けた人は「さんづけ」で、そうでない人は呼び捨てで登場させ、同じ試合の描写でも「さん」付きと「さん」なしが混在するので、少し違和感を持つ向きもあるかも知れない。しかし、これは著者が貴重な証言をしてくれた人への敬意と親しみを込めて「さん」と呼んでいるので、評者はむしろ微笑ましいものを感じた。スコアの表記が0−2のようになっているのも、先攻−後攻の順に書くという著者なりの準則が守られているので許容の範囲内であろう。
総じて言えば、幻の甲子園を通して時代の実相を浮かび上がらせた労作であり、2010年のスポーツ・ノンフィクションの収穫といっていい作品だと思う。
|
|
1,470円(税込)
布施 鋼治・著 新潮社
北京で女子レスリング55`級五輪2連覇を達成した吉田沙保里の強さと、微笑を誘う性格、吉田を育てた家族や指導者たち、女子レスリング関係者の物語を丁寧に書き上げた作品である。ほのぼのとした温もりに包まれる、読後感のさわやかな佳作だ。
吉田の父・栄勝は元全日本チャンピオン。レスリングにかける情熱から、三重県津市の自宅に「一志ジュニアレスリング教室」を開いてちびっ子レスラーを育てている。沙保里は母の膝に抱かれて、二人の兄が練習している姿を見ながら育ち、3歳から父の指導を受けた。厳しさの中にも子どもの自主性を尊重する父と、温かく包み込むような母。スポーツのまっただ中で育ち、心も体も自然に磨かれて素質が開花する。
物心つく前から目に焼きついたレスリングの感覚に加えて、目にも留まらぬスピードの必殺タックルと人並み外れた集中力を持つ。なのに、泣き虫で、大事な試合の前には決まって発熱する。明るく、人に親切でやさしい。格闘技が専門の著者がインタビューで強さの秘密を探ろうとしても、とらえどころがない。今まで接してきたレスラーのどのタイプにもあてはまらない。あっけらかんとしすぎており、「いい子」「いい人」すぎる、と感じる。なぜ、この「いい子」がそんなに強いのか、理解できない。吉田が姉と慕う中京女子大の先輩、岩間怜那や栄監督に疑問をぶつけても、二人はあっさり「沙保里は変わっているから」と笑う。変わり者なのに、この子の背中を押してあげたいと周りの誰もが思う求心力を持つ存在、それが吉田沙保里であると著者は書く。
吉田は2001年12月の全日本選手権準決勝で先輩のライバル山本聖子に敗れあとは無敗記録を119まで伸ばしていた。どこまでも続くだろうと思われた連勝が、2008年1月19日の女子ワールドカップ団体戦でマルシー・バンデュセン(米)にまさかの敗北を喫して途絶えた。相手がタックル返しを研究していた。微妙な判定でもあった。初めて外国人に負けたショックと悔しさに泣きじゃくる沙保里に、母がいった。「悔しいけど、また北京で勝てばいいんだから」。練習を続けている母校・中京女子大の谷岡郁子学長は「連勝がストップしてよかったね。北京の前でよかったね」といった。連勝記録のものすごい重圧が吉田にのしかかっているのがわかっていたから、周囲には「一度負けたほうがいいね」と本音をもらしていたのだ。
吉田はこの敗戦から帰国してすぐ三重に帰り、父のレスリング教室で練習する子どもたちの姿を見て心が安らいだという。このちびっ子たちは頻繁に中京女子大レスリング部に出げいこに行く。吉田らが子どもらに接することで人間性を磨かれ、癒されるという話は、トップアスリートのあり方に大きな示唆を与えている。
谷岡学長も興味深い人物だ。「女子レスリングの金メダルは、日本女性が社会の壁を一つずつ壊し、上がってきた百年の歴史の上にある“百年の肩車”だ」など、ユニークな発想と表現が面白い。アテネの金メダリストで一躍注目の的となった吉田らを、試験勉強を理由に「鉄のカーテン」で学内に守り、一方では、公の場で恥ずかしくないレディーとしてのエチケットやマナーを教えた。
本書は当初「不敗の方程式」という書名を予定していたが、まさかの1敗で変更された。内容もかなり修正を余儀なくされただろうが、かえって人間・吉田沙保里のダイナミズムや強さの不思議がむしろ鮮やかに描かれることにつながったのではないか。08年7月の出版で、五輪直前のトレーニングで完結しており、2つめの五輪金メダルをカバーできなかったのは惜しいが、やむを得まい。著者の狙いはライフストーリーでも、復活ドラマでもなく、吉田沙保里という人間を理解し、伝えることにあったのだから。
レスリングの専門知識にも裏打ちされた文章は安心感があり、読みやすい。女子レスリングの五輪実施・発展を見通し、自腹を切って選手強化の先頭に立った福田富昭日本レスリング協会会長の奮闘ぶりも面白い。
重量感があるとはいえないが、新鮮な分野を取り上げた好著といえよう。
|
|
1,890円(税込)
中条 一雄・著 ベースボール・マガジン社
日本サッカーの改革者であり、救世主とも言われるドイツ人指導者デッドマール・クラマーの人となり、その指導論を、初来日からおよそ半世紀にわたって身近で取材してきた元朝日新聞記者中条一雄がまとめた。クラマーは今もドイツで健在ながらすでに齢83歳、著者の中条も一つ違いの82歳である。お互いに残された時間は少ない、書いておかねばならないことを書けるうちに、という思いが著者の本書執筆動機となったようである。
18章からなる細かい章立てで、1960年から2008年現在までのクラマーの足跡を(時に1925年から1960年までの前半生もまじえ)たどった本書は、1996年、2005年、2006年と著者が3度にわたってクラマーのもとを訪れ、必要な証言を得て記憶を補完したことにより、まさしく貴重な日本サッカーの歴史の証言となった。連携プレーや守備力にすぐれながらも決定力を欠くFWの人材の乏しさ、勝つことへのどん欲なまでの執着がいまひとつ足りないこと、厳しさに欠ける日本人監督の「優しさ」という弱点、およそ50年前にクラマーが指摘した日本サッカーの問題点は今も変わっていないように思う。一方で、Jリーグに結実したサッカー環境の整備、サッカー技術の向上という着実な進化もみられた。その過程に、異国人として誠実に真摯に日本のサッカー改革にとりくんだクラマーの存在があったことが、平易で読み易い文章からよく理解できる。
クラマーについてはこれまでも多くの文章が書かれ、NHKなどのテレビ番組でも紹介されてきた。この本で初めて知ったのは、彼がFIFA(国際サッカー連盟)コーチとして、あるいは個人として要請されてサッカーの指導をおこなったのは約90カ国にものぼるということである。その中には1991年1月から92年3月までの韓国・バルセロナ五輪代表チーム監督、97年2月から2002年2月まで5年にわたる中国での指導者養成が含まれる。大部分の日本人は、クラマーの日本サッカー界への関わりは東京五輪からメキシコ五輪までというイメージではなかろうか。その後は氏の関与がなくなり、元の木阿弥の停滞期が続いたという印象だ。しかし、クラマーはFIFAの指導員としてもいくたびか日本を訪れて指導し、サッカーの普及・振興や強化の指針を与え続けていたのだ。本書は彼がいかに日本と関わり、日本を愛し、日本サッカーの発展・向上に情熱を傾けたかをつぶさに描き、一人の国際サッカー人が世界の舞台で続けてきた幅広い活動と貢献を丁寧にまとめている。同時に、サッカー、いやすべてのスポーツに通じる、基本を反復練習し、体で覚えることという鉄則や指導者育成の重要性など、クラマーが繰り返してきた教えに帰る必要性を日本のスポーツ界に訴えている。
本書は牛木素吉郎氏が主催する「ビバ!サッカー研究会」のホームページに2008年の1月まで約1年をかけて連載された記事に加筆したものだという。著者は82歳とは言え、文章からはとてもそのような年齢を感じさせない。古風な表現も見当たらない。きわめて明快でさわやかである。南ドイツの保養地で悠々自適に過ごしているクラマーのもとを3回も訪問して取材したという積極性も凄い。もちろん同年代のクラマー自身、まだまだ指導することをあきらめてはいない。二人の前向きさがリズムのよい文章の源泉になっているのだろう。60年代の前半から年代を追って淡々と、かつ驚くべき正確さで50年にもなろうとする事実を追い、生き生きと描写する。著者とクラマー二人の記憶力も超人的だし、集められた歴史的写真も貴重な脇役として存在感を主張している。
最近の著者とクラマーという二人の老人が熱く抱擁している写真がカバーの袖にあるような個人的な思い入れの強さが遠慮なく打ち出されているにも関わらず、本書は仲間誉めの、ただの記念誌に堕してはおらず、クラマー・コーチの仕事ぶりは、その背景や現実の成果と失敗も含めて、客観的に、説得力を持って紹介され、考察されている。そしてその対極に、メキシコ後(クラマー後)の日本サッカーの低迷ぶりへの鋭い批判が提起される。東京五輪後にクラマーが提起した日本サッカーへの提案(本書の末尾に収録されている)は、リーグ戦の実施など実現したこともあるが、その多くは未だに読むに値する現実性を持っている。逆に言えば、四半世紀経ってもクラマーのアイデアを生かし切れない日本サッカーへのもどかしい気持ちが本書執筆の動機の一つなのだろう。「日本サッカー改革論」という副題も宜なるかなと思われる。
80歳を優に過ぎたクラマーと著者が昔語りに終始して現状を見ようともしなければ、それはいわゆる老害に過ぎない。終盤少しそれに近づく危険性を孕みながらも、この二人のやり取りには未来への希望が感じ取れる。熟年の読者に「老いていくこと」を明るく捉えさせてくれる点でも価値ある一書と言えるだろう。
|
|
1,575円(税込)
中村 計・著 新潮社
1992年夏の甲子園で星稜高の松井秀喜が明徳義塾に5打席連続で敬遠され、チームは敗れた。ファンもマスコミも明徳を袋叩きにしたことが思い出されるが、なにせ15年も前のこと、風化しかかったこの「事件」を蒸し返したのは松井人気に乗ずるためか・・・と始めは思ったが、読んで行くとこの「事件」が過去の出来事ではなく、著者が引き出した「真実」は今もなお真剣に議論すべきスポーツのテーマであり、本書は日本のスポーツ界、特に「観るスポーツ」のあり方、そしてスポーツ・ジャーナリズムに対する痛烈な批判になっていることが見て取れた。
当時の新聞は、明徳の選手たちが「甲子園なんか来なければよかった」と述懐したと報道した。事件のことが長く心に引っかかっていた著者は、この言葉の真相を突き止めることを思い立って取材を始める。明徳義塾のピッチャー河野、そして馬淵監督、松井秀喜、星陵の5番打者だった月岩、山下監督と、この試合に関わったキーパーソンともいえる人たちを細大漏らさずとりあげ、そのほかの明徳、星陵の各選手たちからの証言ともつきあわせながら、ジクソーパズルを完成させるように真相を検証していく構成はよく練られており、ぐいぐい引き込まれて読んだ。各章にはそれぞれストーリーテーマとなるタイトルが設けられているが、冒頭の語りはじめも巧みで、それぞれの章が、主人公を取り替えながら、あの夏の試合を起点にした多面的な物語を織り上げている。その中では松井の後の5番打者だった月岩の鬱屈した心境が描かれた章がことに印象的だった。
取材が進むうちに、著者がはじめに抱いていた「独りよがりの思い込み」は見事に裏切られる。歴史に残ってしまった「来なければよかった」というつぶやきの主とされる青木捕手が終章で明かす「あれはメディアの言葉だ」という「真相」が十分な説得力を持って迫ってくる。選手たちが口にした「馬淵監督の松井敬遠策はみんな納得していた」「勝ったことを誇りに思う」という言葉に素直にうなづくことができる。
問題をスポーツマンシップの観点からとらえてみよう。敬遠はルールで認められている正当な作戦である。しかも、本書にもあるように、勇気の要る、高度の作戦である。下手に使えば傷を広げてしまう。だからこそ、松井のあとの打者を抑える自信がなければ敬遠策は取れない、という他チームの監督の証言も出てくるのだ。あの日、明徳の校歌が流れ始めたとき、「帰れコール」が沸きあがり、校歌の演奏も選手や応援団が歌う声もかき消されてしまったという。このとき、高野連役員、主催の朝日新聞関係者はいったん演奏を中止させ、スタンドに向かってこうアナウンスすべきだった。「敬遠はルールで認められている作戦です。それをどう見るかは個々人の心の問題です。今は明徳の勝利を讃え、祝うのがスポーツマンシップです。お静かにお願いします」と。
「観るスポーツ」のファンたちは「らしさ」を求めている。甲子園での「らしさ」は「高校生らしさ」であるが、往々にしてメディアはファンの思いを代弁するかのごとき傲慢さで、スポーツシーンに脚色を加え、勝手な「らしさ」を押しつける。このケースの場合も、マスコミが勝手に思い描き、演出した「高校生らしい」感想は実は存在しなかった。球児たちはそれほどナイーブな高校生ではなく、与えられた環境をエンジョイしていたのだ。
総じて言えば、高校野球のゲームの表層の、さらにその奧にある選手や監督のホンネに迫り、マスコミの権力性を撃った秀作だと思う。残念ながら日本語の表現や表記に問題を感じるところはいくつもあるが、若い著者の今後に期したい。
4年にわたる取材によって得た膨大な関係者の証言を基に、確かな筆致で書き下ろすノンフィクション作品です。
|
|
1,680円(税込)
永田 洋光・著 ぴあ
2006年6月、55歳の若さで急逝した三井住友銀行専務執行役員、宿澤広朗の半生を綴ったノンフィクションである。著者の永田氏はフリーのスポーツライターで、高校時代に経験したラグビーの影響だろうか、過去の著作も皆ラグビーテーマである。中でも「日本ラグビー復興計画」(阪急コミュニケーションズ)は宿澤本人との共著であり、密な関係を築いていたことを窺わせる。本書に関しては宿澤が亡くなった1年後に出版されたので、この目的のための本人取材はない。過去の積み重ねや引用と、家族を含む関係者への取材で構成されている。
サラリーマンとして大会社の出世街道を突っ走った宿澤が常に注目を浴びてきたのはその切れの良い有言実行の生き様にある。それを実証するような数多くの名言が残されている。その言葉からうかがい知れる宿澤のパーソナリティは、妥協とは一切無縁の力強さに他ならない。このパーソナリティはラグビーの真髄あるいは美学に通じるのではないだろうか。だからこそ、著者自身をはじめとして多くの宿澤ファンが存在するのだと思う。本書で繰り返し紹介されるのは、そんな妥協を排除して前進する宿澤のダイナミズム。その先にあるものは「勝利」だ。昨年フランスで開催されたラグビーW杯に出場した日本代表はオーストラリア、ウェールズには大差で負けたが、フィジーに惜敗。カナダと引き分けて、その粘り強い闘いぶりから国際的に評価を得た。この(久しぶりの)成果を残念ながら宿澤は知ることはない。しかし、日本がW杯であげた勝利は未だに1991年の第2回大会で宿澤監督率いる代表チームがジンバブエから奪った一勝のみである。
宿澤の55年の人生はその9割以上を占める仕事とラグビーの両面における栄光と、最終局面での悲劇性にある。著者はサラリーマン時代の支店勤務や海外転勤。結婚と家族との交わり、さらにPTA会長としての振る舞い。そして代表監督を含むラグビー現場での活躍を一点のかげりもなくポジティブに描いている。ある意味、理想的な男性像である。凄すぎる、と感じる人もいるだろう。一方その対極にあるネガティブ面が、会社役員に出世してからの激務、健康管理の欠如(飲酒、喫煙、一人暮らし、睡眠不足)と迷走する日本ラグビー界との軋轢である。
宿澤が代表監督を引いてからの日本ラグビーは「失われた10年」と形容される。各国でプロ化と代表チーム強化が急速に進む一方で、日本では旧態依然とした大学OBの集合体のような体質から抜け出せず、継続性も発展性もないままラグビーの人気も実力も低下の一途をたどった。ちょうどその時期に重なるようにバブル崩壊で瀕死の状況に陥った銀行における宿澤の超人的な営業努力が続いていた。宿澤の貢献が企業を再生させたといっても大げさでないほどの実績を積んだ。宿澤わずか50歳前半の時である。
宿澤はラグビーと仕事それぞれを切り分けて対応したのではなかった。どちらも全てであり、そこに矛盾は存在しない。スポーツ以外の描写も多いがそれもラガーマン宿澤そのものであり、スポーツ・ノンフィクションたらしめている。宿澤の行動を規定する信条は「プライド」と「責任」というキーワードでくくることが出来る。そして彼自身のライフスタイルあるいはアイデンティティを貫くのは「独自性」であると著者は言う。それらが宿澤をオープン化や代表の強化といった日本ラグビーの再生へ駆り立てたと思われるが、保守的な協会はかえって反発する。企業のようなビジネス・デシジョンが全く通じない世界だったのだ。
宿澤に襲い掛かった心筋梗塞という病魔がどこからやってきたのかはわからない。しかし彼の死が多くの人に一時の落胆とその後の自覚を促したことは想像に難くない。著者はエピローグで、宿澤の「生きた時間」と「生きた密度」の積は誰よりも大きい、とし、私たちがあなたの描いた未来にたどりつくのは長い時間がかかるが、その間ゆっくり休養してほしいと結んだ。本書ではカバーできていないがW杯での代表チームの活躍も宿澤の意志を継いだ後輩たちの努力の結晶のひとつであろう。
リズム感にあふれた文体で、宿澤の人生そのもののようなスピード感があり、読者を飽きさせない。しかし最終章は、生き急いだかのような宿澤に引きずられたのか著者自身も書き急いだような印象があり、もう少しラグビー協会との対立の構図など判りやすく示したほうがよかったのではないかと悔やまれる。
最後に、書名の「勝つことのみが善である」はリポビタンDのブランドでラグビーに協賛する大正製薬の社是である。宿澤はこれを座右の銘とし、「競技スポーツは勝つもの」と言う反面、実は本人が追い求めたのはプロセスにおける厳しさであり、徹底した完璧さであった。勝利至上主義ともとられないフレーズをあえてタイトルとしたことには違和感を覚える。宿澤がこれを知ったら「おい、違うぞ」と叱責されそうである。
|
|
1,600円(+税)
五味幹男・著
2004年11月、田臥勇太が世界最高峰NBAの舞台に立った。
アスリートの海外進出が珍しくなくなった今日の日本においても、それがエポックメイキングであったことはいうまでもない。しかし田臥が最初の日本人NBAプレイヤーかといえば、厳密にはそうではない。じつは第二次世界大戦後まもなくNBAの前身にあたるBAAでプレーした日系二世(両親共に日本人)がいた。
ワッツ・ミサカはユタ大学で二度全米チャンピオンになり(44 & 47)、1947年にドラフト1位でピックアップされた。いまや黒人プレーヤーが多く活躍するNBAにおいて、リーグ初の非白人プレーヤーとしてコートに立ったのも彼だった。
それは奇しくも、ジャッキー・ロビンソンがベースボールの世界で人種の壁を破った年と一致している。
ミサカが青春を過ごしたのは「戦争」という風が吹いていた時代だった。パールハーバーを契機に行われた日系人に対する人種隔離政策。ミサカはそんななか、マジソンスクエアガーデンで行われた大学バスケ選手権決勝で賞賛の嵐を浴びている。またその後ミサカは、GHQの一員として、祖国の地も踏んだ。
反日感情吹き荒れる、戦中・戦後のアメリカで、彼が二度にわたって学生チャンピオンに輝けたのはなぜか。そしてドラフト1位でNYニックスに入団しながら、わずか3試合の出場機会しか与えられず、13日間で解雇されたのはなぜか。
4年にわたる取材によって得た膨大な関係者の証言を基に、確かな筆致で書き下ろすノンフィクション作品です。
|
|
バリュースポーツ
2,400円(+税)
海老塚 修+スポーツデザイン研究所
【書評】 「バリュースポーツ」とは聞きなれない表現だ。
じっくり「スポーツ」を考えると、この文化の資源力、現代にあって並大抵ではない量であり、質であると気づかされる。
著者・海老塚修さんは、そこに注目して、さまざまなビジネス展開をしてきた豊かな経験者、スポーツマーケティングの第一人者である。
スポーツほど価値を持ち、重宝であり、手軽なエネルギーはなかなかない。
企業にとっても、地域にとっても、国際社会にとっても、かけがえのないツール。
著者が手がけたビッグイベントは、自身のスポーツへの価値感を伴って、いっそうバリューを高めた。
身近にその行動を見る機会も多く、そのたびに、彼が単純な「スポーツ仕事人」ではないことを知った。
情熱をこめて掲げた「バリュースポーツ」というネーミングは、海老塚さんにして初めて命名できる。
時に生々しさを伴って描かれる多彩な事例の説得力が、いっそう興味をつのらせる。
スポーツのバリュー。読み終わって考えさせられる部分を残すところが、この書をおすすめする最大のポイントでもある―。
杉山 茂/スポーツプロデューサー
|
|
600(税込)
フィールドの妖精“PIXY”ドラガン・ストイコビッチ。人々を魅了する華麗なプレー。だが、その半生から浮かび上がるのは、政治に翻弄された祖国ユーゴスラビアへの熱き想いと誇りだった。来日当初「乱暴者」のレッテルを貼られた、彼の真の姿がここにある。過酷な運命を乗り越え世界を舞台に光り輝く、憂国のフットボーラーの軌跡を綴るヒューマン・ノンフィクション。一章分の書き下ろしを追加し、貴重な初公開写真も収録。
|
|
1,500 (税込)
2006FIFAワールドカップTMドイツ大会公式ガイドブックは日本で発売される唯一のFIFA公式ガイドです。
2006年の「顔」・・・・ロナウジーニョ・中田英寿・バラック・朴智星・ジェラード
日本代表公式インタビュー・・・・ジーコ監督・宮本恒靖・柳沢敦・中村俊輔
出場32ヶ国ガイド・・・・完全データ&選手640人写真入
開催12都市ガイド・・・・各都市アンバサダーナビつき
ワールドカップの歴史・・・・ブライアン・グランビルかく語りき
|
|
ロジャー I.エイブラム (著), 大坪 正則 (翻訳), 中尾 ゆかり 1,890 (税込)
プロスポーツの頂点であるメジャーリーグの、草創期から今日まで発展してきた過程を、法律・ビジネスの面に即して解説。選手の保留制度、独占禁止法免除、仲裁制度など、スポーツビジネスに携わる人に必須の知識が満載。
|
|
岡 邦行 (著) 1,995 (税込)
男が魅せられてやまないもの、野球
なんの筋書きのないドラマに惹かれ、今日もまたグラウンドに向ってしまう。そんな永遠の野球少年たちに捧ぐ!
シダックス時代の野村監督を陰から支えた「生涯−マネージャー」がいる。
ノムさんに先駆けてアマチュアで自らの野球理論を記し、選手に配った大学野球監督がいる。
プライベート・リトル・ベースボール・スト−リー
著者プロフィール:ノンフィクション作家。1949(昭和24)年、福島県生まれ。法政大学社会学部卒。出版社勤務を経て、フリーのジャーナリストに。スポーツを中心に政治、芸能なども取材。スポーツは野球を中心に、サッカー、ゴルフなどをプロ、アマ問わずに取材し続けている。99年、日本大学野球部監督・鈴木博識を密着取材した「野球に憑かれた男」で第3回報知ドキュメント大賞を受賞。著書に「長嶋茂雄をつくった男−昭和34年6月25日天覧試合陰のヒーロー」「プロ野球 これがドラフトだ!」「KAZU(カズ)とJリーグ」「神様ジーコの遺言(メッセージ)」「池永正明と、その時代」などがある。
|
|
久保田 滋 (編集) 1,365 (税込)
すぐれた名言、格言には100冊の本をしのぐ力がある―トミー・アーロン
ゴルフは常に自分との戦い。古今東西の名選手の言葉には、ビギナーからベテランまで、全てのゴルファーに共通するゴルフの真理、そして人生を戦い抜くための知恵がある!
著者プロフィール:1937年生まれ。北海道札幌東高校卒。青山学院大学中退後、トヨタ系重整備工場に勤務。63年、自動車保険損害調査人で保険業界に参入。72年、独立し一匹狼の特殊調査員として活躍。91年、「保険金奪取」にてデビュー。著書は小社刊「紙の柩」「クロスオーバー」「Zの神話」ほか、「保険喰い」(廣済堂出版)、「ルノアールを盗んだ男」(角川書店)など多数。ゴルフ暦40年。関東ゴルフ連盟オフィシャルハンデ3。関東オープンの予選通過をはじめ、各種アマチュア大会に出場。
|
| |
| 2006年度ミズノスポーツライター賞受賞作品 |
|
|
|
下川 裕治 (著) 双葉社 1,470 (税込)
2006年度第17回「ミズノスポーツラーター賞」最優秀賞受賞作品 2006年春、夏の甲子園に連続出場を果たした沖縄県代表八重山商工は、その異色のスタンドの応援風景、伊志嶺監督のユニークな人柄や采配、小学生時代からの同級生という離島の子どもたちだけのチーム構成など、本土の高校野球部にはない独特の味わいをもつチームとして、話題と好感を集めた。本書は、この不思議なチームに魅せられて、その中心にいる伊志嶺吉盛監督の野球人生を追ったルポであり、また、八重山商工野球部を通して見た沖縄(八重山)文化論、もしくは風土紹介書とでもいうべき著作である。著者によれば、もはやヤマトの国には失われた、いいかげんさや激しさややさしさを包み込んだ人間的な生の面白さが、島には満ちあふれているらしい。八重山商工の野球は、その表現形態の一つともいえる。
著者の父親は長野県の県立高校の教師で、野球部の監督だった。日曜日などない、父親抜きの家族旅行しか経験のない著者は、伊志嶺に父の姿を重ねあわせる。その著者の述懐がたびたび挿入されることが、本書に奥行きを与えている。また文中登場する人たちの方言の「?さー」といった言い回しのやさしさや、文章全体からたちあがってくる島独特の「ゆるい」感覚には、なんともほのぼのとさせられ、いろいろな要素の入った楽しく読める魅力的な作品である。
|
|
森沢 明夫 角川書店 1,575(税込)
2006年度第17回「ミズノスポーツラーター賞」優秀賞受賞作品
本書は、元新日本キックボクシング協会ウェルター級王者、元ラジャダムナンスタジアム・ウェルター級王者であるキックボクサー、武田幸三を描いた人物ドキュメンタリーである。武田の闘いぶり、見に来てくれるファンへのありがとうの気持をKO勝負で見せたいというサービス精神、そしてほとんどサディスティックにさえ感じられるほど、己の体力・精神力の限界に挑む徹底したトレーニングなどが無駄のない、軽快な文章で描かれている。
武田幸三を一言で表すなら、「ひたむき」もしくは「愚直」となる。著者は、武田の礼儀正しさ、迷いのない静かな物言い、常軌を逸したトレーニング、そして壮絶な格闘に、「日本人がいつの間にか忘れていた気高さやひたむきさ」を見て、それを「侍」と表現した。それには納得できる読者でも、それを「サムライ」とカタカナ書きにし、大ヒット映画を彷彿とさせる『ラストサムライ』というタイトルをつけたことには、違和感を覚えざるを得ないのではないか。
帯には作家・伊坂幸太郎氏が若い読者に本書を薦めるメッセージがあるが、道を見失いそうな少年や自信をなくした親たちにぜひ推薦したい本である。教育基本法の改正をはじめとして教育にかかわる問題が山積している現在、拍手を送りたい作品である。
|
| |
| 2005年度ミズノスポーツライター賞受賞作品 |
|
|
|
木村 元彦 (著) 1,680 (税込)
2005年度第16回「ミズノスポーツラーター賞」最優秀賞受賞作品 本書は3つのことを教えてくれる。第1にサッカーにおける監督の役割。サッカーというゲームの面白さがどこにあるのかが改めて示され、それを最大限に引き出すことができるのが本物の監督だということが理解できた。第2にオシムという希有な人物の半生記を通じて、国家と個人ののっぴきならない葛藤を考えさせられる。民族対立のすさまじさには慄然とさせられるが、それを超える力としてスポーツにかすかな希望を感じ取ることができる。本書はすぐれたサッカー指揮官の伝記である以上に、文化人類学的フィールド・スタディの書であるとも言える。
そして第3に「言葉の力」。オシムの繰り出す言葉が選手の身体に入っていって、現実を動かしていく。深刻な対立の中でユーモアが果たす重要な役割が見えてくる。そこで忘れてならないのが通訳の間瀬秀一である。かれこそ「言葉の力」をもっともよく理解している、オシムの言葉の「助産夫」に違いない。本書はこの3つのテーマが相互に補い合いながら展開され、リスクをあえて引き受けて自分なりの人生をつくっていくことにこそ生きる意味があるというメッセージが浮かび上がる。
著者は現地取材も交えてオシムを巡る人物の証言を広く集めている(巻末に取材協力者のリストがある)し、問題の発言や行動には裏を取る努力や別の見解を併記することを忘れていない。著者のオシムへの思い入れは深いものがあるが、適度な距離を取ってオシムを客観的に見ている。構成が巧みで文章にリズムがあり、情景描写も的確で読みやすい。
|
|
門田隆将 1,785 (税込)
2005年度第16回「ミズノスポーツラーター賞」優秀賞受賞作品
のべ30人以上のタイトルホルダーを育てあげた天才打撃コーチが、教え子たちの心の中に遺したものとは。「読みました。泣きました。こんなにすばらしい野球人がいたことを、1人でも多くの方に知ってほしい」長嶋茂雄氏大絶賛!平成16年夏、1人の高校教師が膵臓癌で亡くなりました。還暦を迎えて半年足らず、まだ60歳でした。その高校教師には、特異な経歴がありました。なんと約30年にわたって、プロ野球の打撃コーチを務めたのです。渡り歩いた球団は、南海、ロッテ、ヤクルト、ダイエー、中日、オリックス、そして千葉ロッテ。野球の質が、パワーから技術へ、そして諜報戦から総合戦へ、さまざまに形状を変えていく中、彼は常にその最前線にいました。そして、7つの球団で独特の打撃理論と卓抜した洞察力を駆使して選手たちの指導をおこない、時に相談に乗り、汗と涙を共有しながら、気がつけば、のべ30人以上のタイトルホルダーを育て上げていました。しかし、その伝説の打撃コーチは、50代半ばで一念発起し、高校教師になるために通信教育で勉強を始めます。そして5年かかって教員免許を取得し、社会科教師として教壇に上がり、「甲子園」を目指しました。その人の名は、高畠導広さんといいます。
|
|
日本経済新聞社 1,575 (税込)
2005年度第16回「ミズノスポーツラーター賞」優秀賞受賞作品 2004年6月「近鉄がオリックスに譲渡交渉」の新聞報道から始まった球界再編劇は、かねてから水面下で進んでいた「1リーグ制」構想を浮上させ、国民的な論議を巻き起こした。一連のめまぐるしい展開は、同時進行で伝えられる当時の新聞報道などではよく理解できない人が多かったと思われるが、本書は経済紙の記者が組織的に取材をしてまとめ上げただけに、球団統合と1リーグ制への移行を必至と考えていた渡辺恒雄氏らオーナー側が描いたシナリオや舞台裏の動き、人間模様事者の経済界でのつながりなどを丹念に掘り起こしており、全体像が見えてくる。冒頭の導入部に紹介される近鉄の命名権売却案のお話も、本当の狙いは球団経営の苦境を知らしめることにあったというストーリー展開はなるほどと思わせる説明であり、楽天・三木谷社長に関する「『後出しじゃんけん』の真相」の項もいい。三木谷社長は早くに球界のある重鎮から近鉄買収を打診されたが、赤字の大きさにあきらめ、楽天執行役員の小沢隆生が知人の選手会顧問弁護士・石渡進介をライブドア・堀江貴文社長に紹介して、ライブドアが新球団に名乗りを上げる展開になったという。三木谷は状況の変化で球界進出を決意、結果的に「後出し」の汚名を着たというのだ。歴史的なできごとの貴重な記録として評価できる。楽天やソフトバンクのような新規参入企業の勝算についても、企業の業績を踏まえて的確に分析しており、「プロ野球経済学」としても興味深い読み物になっている。
|