時間のない島・共和国こんがりここなつ島から海洋冒険学校へ共和国「こんがりここなつ島・海洋冒険学校」 プロデューサー:上柿和生(うえがき・かずお) 私はこの22年間(86年〜07年)、沖縄北部に位置する離島・伊是名島に連なる無人島・屋那覇島で、その一夏一夏を全国からやってくる子どもたちと自然体験型キャンプ・共和国「こんがりここなつ島」を開催してきた。その島は周囲約四・六キロ、海岸線を一時間半も歩けば一周できる小さな島である。 この島からは、東に本島最北端の辺戸名岬を望み、西には東シナ海の水平線に夕陽を眺めることができる。南には伊江島を間近に、北には琉球王朝第二尚円王が生誕の地・伊是名の赤い甍が緑葉に映える。 私たちはこの景色を毎夏の間、飽くこともなく眺めてきた。そして、時の移ろいに合わせて変化していく海の彩を楽しみながら、サンゴ礁に魚を追い、疲れると木陰で南風に吹かれてまどろんだ。亜熱帯樹の森に入れば、野鳥の声に耳を傍たてその姿を探し、樹林の上にぽっかりぬけた青空に舞う蝶の姿を眺めた。
しかし、キャンプサイトがある涼やかな森の中にいるだけでは、こうした出来事との出会いや体験は望めない。自分の意思と足で探し求めていかなければ、そのチャンスも遭遇もない。やって来る子どもたちは、小さな島に広がる未知の空間を遊び場として、縦横無尽に動き回りながら自然の営みの壮大さに圧倒され、驚きと興奮の一週間を過ごす。ところが、21世紀を迎えた頃から子どもたちの中に、小さいがこれまでにない変化が生まれてきた。年を追うごとに、彼らが島を歩き周ることが少なくなり、行動範囲が狭く小さくなってきた。キャンプサイトを離れて、ドキドキ探検やワクワク発見のために行動する姿がめっきり減った。代わって、カードゲームやおしゃべりなど、コミュニケーション志向に走る姿やグループが増えた。
つい5〜6年前まで島にやってくる子どもたちの大抵は、貪欲に自然を相手に遊び呆けていた。おしゃべりと言えば、その日の遊び物語を披露するのが大半で、小さな挑戦の自慢話と潮干狩りや釣果など手柄話がその中味だった。それがいつの間にか、ゲームソフトや塾・お稽古事の話題、学校での噂話など日常生活の報告会となって、盛り上がりをみせるようになった。
そして、彼らの視線が周りの自然に向かなくなった。自然の表情や営みが視野に入らなくなった。偶然に発見したウミガメの赤ちゃんにはカメラを手に殺到しても、時間を忘れ陸ヤドカリのヤド(貝)替えに見入ったり、カナヘビやトカゲを追い回したりしていた彼らの姿は確実に薄くなった。 なぜ、日本の子どもたちはこれほどまで自然から遠ざかってしまったのだろか。これには、様々な社会的要因が考えられるが、彼らの日常生活環境から自然度が著しく後退するなかで、遊びから自然体験の場面が減少していったからであろう。そのなかで、冒険心や好奇心、挑戦する精神や身体を育む土壌が失われていくのは容易に推測できる。 そして、五感を動員して自然と接触し遊ぶ術の面白さを知らない、自然への無関心、無感動の子どもたちが現れてきても、決して不思議なことではない。 そこで、開国20年(2005年)を機に私たちは運営コンセプトを大きく変えることにした。 これまで、共和国は20年間にわたって極めてシンプルなルールで運営を行なってきた。それは、時間の拘束から解放されることを第一義とした「時間のない島」の趣旨のもとに、参加者は朝から朝まで時間を自由にデザインすることであった。
昼寝をしたい時は、好きな時に好きなだけ、木陰のハンモックに揺られていてもよい! 流星を数えたければ、眠ってしまうまで銀河を仰ぎ見ていてもよい! と、まあ、こんな感じである。
これと言うのも、第一条と第二条しかない共和国憲法が「なにをしてもいい!」「なにもしなくてもいい!」と保証しているからだ。 この運営方針が、日頃は家庭や学校に拘束されている子どもたちの枷を外すこととなり、彼らは驚くほど能動的になり好奇心と冒険心を発揮して行動的になっていった。なんにでも挑戦し、創造して遊びの世界を広げていったのである。 しかし、その子どもたちも年月の経過と社会環境の変化と共に、前述したような遊びへの好奇心や意欲が低下し、コミュ二ケーション力の著しく弱い子どもたちが目に付くようになった。また、生きている自然の営みに接するとき、異界を見るかのように感じる子どもたちが増えてきた。 私たちは、この子どもたちの変化をどう受け入れるか。その対応をどうするか。様々な議論を重ねた。建国20年で閉国することも話し合った。その頃(2002年)、無人島に車えびの養殖場計画が持ち上がり、島の有志たちと「NPO法人いぜな・やなは島の自然を守る会」を立ち上げ、共和国の実行委員会も計画予定地のナショナルトラスト運動に加わった。その時、私たちは伊是名の島に沖縄の海になにを恩返しできるか、を懸命に考えた。 そして、結論は、無人島の自然体験の中から、子どもたちが地球を大切と思う心を育てる以外なにもない、この活動を続ける限り島の自然環境を守ろうとする人たちと共通のテーマで沖縄の海と自然と共生していける、となった。 それが、2006年から新しいコンセプトでスタートした共和国「こんがりここなつ島・海洋冒険学校」である。自然の営みに歩調を合わせて行動するスタイルは基本的に変わらないが、1日1回実施する自然体験プログラムは、個人の体調の理由以外は全員が参加する。つまり「何もしなくてもいい!」という共和国憲法の第二条項を削除し、学校として自然体験授業参加を義務づけたのである。 この方針は見事に的中した。指示待ち症候群にかかっていた子どもたちが、プログラムスタッフの超人的な技術や能力に目を見開き、自然の営みに好奇心の扉を叩き、それを舞台にして創造に挑戦する意欲を目覚めさせた。そして、自然の不思議世界を冒険する勇気を芽生えさせ、遊びの世界を広げ始めたのである。 今年は国際サンゴ礁年である。しかし、石垣島やオーストラリアのバリアリーフではサンゴの白化現象がすさまじい勢いで進んでいると聞く。去年、島の西側・夕陽の見える浜辺の側に広がるリーフの中に、新しい角サンゴの群落を発見した。あと2週間もすれば、私たちは伊是名の海に向かうが、オニヒトデに喰われていないか、その心配で今日も気持ちがざわめいている。 (つづく)
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