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第18回ミズノスポーツライター賞発表(2008年3月3日) ■2007年度 第18回 ミズノスポーツライター賞 受賞作品 ■表彰式 2008年4月17日:グランドホテル新高輪 風景(フォト)
------------------------------------ ■最優秀賞 ◇「甲子園が割れた日」
松井秀喜5連続敬遠の真実 中村 計 新潮社 1992年夏の甲子園で星陵高の松井秀喜が明徳義塾に5打席連続で敬遠され、チームは敗れた。ファンもマスコミも明徳を袋叩きにしたことが思い出されるが、なにせ15年も前のこと、風化しかかったこの「事件」を蒸し返したのは松井人気に乗ずるためか・・・と始めは思ったが、読んで行くとこの「事件」が過去の出来事ではなく、著者が引き出した「真実」は今もなお真剣に議論すべきスポーツのテーマであり、本書は日本のスポーツ界、特に「観るスポーツ」のあり方、そしてスポーツ・ジャーナリズムに対する痛烈な批判になっていることが見て取れた。
当時の新聞は、明徳の選手たちが「甲子園なんか来なければよかった」と述懐したと報道した。事件のことが長く心に引っかかっていた著者は、この言葉の真相を突き止めることを思い立って取材を始める。明徳義塾のピッチャー河野、そして馬淵監督、松井秀喜、星陵の5番打者だった月岩、山下監督と、この試合に関わったキーパーソンともいえる人たちを細大漏らさずとりあげ、そのほかの明徳、星陵の各選手たちからの証言ともつきあわせながら、ジクソーパズルを完成させるように真相を検証していく構成はよく練られており、ぐいぐい引き込まれて読んだ。各章にはそれぞれストーリーテーマとなるタイトルが設けられているが、冒頭の語りはじめも巧みで、それぞれの章が、主人公を取り替えながら、あの夏の試合を起点にした多面的な物語を織り上げている。その中では松井の後の5番打者だった月岩の鬱屈した心境が描かれた章がことに印象的だった。
取材が進むうちに、著者がはじめに抱いていた「独りよがりの思い込み」は見事に裏切られる。歴史に残ってしまった「来なければよかった」というつぶやきの主とされる青木捕手が終章で明かす「あれはメディアの言葉だ」という「真相」が十分な説得力を持って迫ってくる。選手たちが口にした「馬淵監督の松井敬遠策はみんな納得していた」「勝ったことを誇りに思う」という言葉に素直にうなづくことができる。
問題をスポーツマンシップの観点からとらえてみよう。敬遠はルールで認められている正当な作戦である。しかも、本書にもあるように、勇気の要る、高度の作戦である。下手に使えば傷を広げてしまう。だからこそ、松井のあとの打者を抑える自信がなければ敬遠策は取れない、という他チームの監督の証言も出てくるのだ。あの日、明徳の校歌が流れ始めたとき、「帰れコール」が沸きあがり、校歌の演奏も選手や応援団が歌う声もかき消されてしまったという。このとき、高野連役員、主催の朝日新聞関係者はいったん演奏を中止させ、スタンドに向かってこうアナウンスすべきだった。「敬遠はルールで認められている作戦です。それをどう見るかは個々人の心の問題です。今は明徳の勝利を讃え、祝うのがスポーツマンシップです。お静かにお願いします」と。
「観るスポーツ」のファンたちは「らしさ」を求めている。甲子園での「らしさ」は「高校生らしさ」であるが、往々にしてメディアはファンの思いを代弁するかのごとき傲慢さで、スポーツシーンに脚色を加え、勝手な「らしさ」を押しつける。このケースの場合も、マスコミが勝手に思い描き、演出した「高校生らしい」感想は実は存在しなかった。球児たちはそれほどナイーブな高校生ではなく、与えられた環境をエンジョイしていたのだ。
総じて言えば、高校野球のゲームの表層の、さらにその奧にある選手や監督のホンネに迫り、マスコミの権力性を撃った秀作だと思う。残念ながら日本語の表現や表記に問題を感じるところはいくつもあるが、若い著者の今後に期したい。
■優秀賞 ◇「勝つことのみが善である」 宿澤広朗全戦全勝の哲学
永田 洋光 ぴあ 2006年6月、55歳の若さで急逝した三井住友銀行専務執行役員、宿澤広朗の半生を綴ったノンフィクションである。著者の永田氏はフリーのスポーツライターで、高校時代に経験したラグビーの影響だろうか、過去の著作も皆ラグビーテーマである。中でも「日本ラグビー復興計画」(阪急コミュニケーションズ)は宿澤本人との共著であり、密な関係を築いていたことを窺わせる。本書に関しては宿澤が亡くなった1年後に出版されたので、この目的のための本人取材はない。過去の積み重ねや引用と、家族を含む関係者への取材で構成されている。
サラリーマンとして大会社の出世街道を突っ走った宿澤が常に注目を浴びてきたのはその切れの良い有言実行の生き様にある。それを実証するような数多くの名言が残されている。その言葉からうかがい知れる宿澤のパーソナリティは、妥協とは一切無縁の力強さに他ならない。このパーソナリティはラグビーの真髄あるいは美学に通じるのではないだろうか。だからこそ、著者自身をはじめとして多くの宿澤ファンが存在するのだと思う。本書で繰り返し紹介されるのは、そんな妥協を排除して前進する宿澤のダイナミズム。その先にあるものは「勝利」だ。昨年フランスで開催されたラグビーW杯に出場した日本代表はオーストラリア、ウェールズには大差で負けたが、フィジーに惜敗。カナダと引き分けて、その粘り強い闘いぶりから国際的に評価を得た。この(久しぶりの)成果を残念ながら宿澤は知ることはない。しかし、日本がW杯であげた勝利は未だに1991年の第2回大会で宿澤監督率いる代表チームがジンバブエから奪った一勝のみである。
宿澤の55年の人生はその9割以上を占める仕事とラグビーの両面における栄光と、最終局面での悲劇性にある。著者はサラリーマン時代の支店勤務や海外転勤。結婚と家族との交わり、さらにPTA会長としての振る舞い。そして代表監督を含むラグビー現場での活躍を一点のかげりもなくポジティブに描いている。ある意味、理想的な男性像である。凄すぎる、と感じる人もいるだろう。一方その対極にあるネガティブ面が、会社役員に出世してからの激務、健康管理の欠如(飲酒、喫煙、一人暮らし、睡眠不足)と迷走する日本ラグビー界との軋轢である。
宿澤が代表監督を引いてからの日本ラグビーは「失われた10年」と形容される。各国でプロ化と代表チーム強化が急速に進む一方で、日本では旧態依然とした大学OBの集合体のような体質から抜け出せず、継続性も発展性もないままラグビーの人気も実力も低下の一途をたどった。ちょうどその時期に重なるようにバブル崩壊で瀕死の状況に陥った銀行における宿澤の超人的な営業努力が続いていた。宿澤の貢献が企業を再生させたといっても大げさでないほどの実績を積んだ。宿澤わずか50歳前半の時である。
宿澤はラグビーと仕事それぞれを切り分けて対応したのではなかった。どちらも全てであり、そこに矛盾は存在しない。スポーツ以外の描写も多いがそれもラガーマン宿澤そのものであり、スポーツ・ノンフィクションたらしめている。宿澤の行動を規定する信条は「プライド」と「責任」というキーワードでくくることが出来る。そして彼自身のライフスタイルあるいはアイデンティティを貫くのは「独自性」であると著者は言う。それらが宿澤をオープン化や代表の強化といった日本ラグビーの再生へ駆り立てたと思われるが、保守的な協会はかえって反発する。企業のようなビジネス・デシジョンが全く通じない世界だったのだ。
宿澤に襲い掛かった心筋梗塞という病魔がどこからやってきたのかはわからない。しかし彼の死が多くの人に一時の落胆とその後の自覚を促したことは想像に難くない。著者はエピローグで、宿澤の「生きた時間」と「生きた密度」の積は誰よりも大きい、とし、私たちがあなたの描いた未来にたどりつくのは長い時間がかかるが、その間ゆっくり休養してほしいと結んだ。本書ではカバーできていないがW杯での代表チームの活躍も宿澤の意志を継いだ後輩たちの努力の結晶のひとつであろう。
リズム感にあふれた文体で、宿澤の人生そのもののようなスピード感があり、読者を飽きさせない。しかし最終章は、生き急いだかのような宿澤に引きずられたのか著者自身も書き急いだような印象があり、もう少しラグビー協会との対立の構図など判りやすく示したほうがよかったのではないかと悔やまれる。
最後に、書名の「勝つことのみが善である」はリポビタンDのブランドでラグビーに協賛する大正製薬の社是である。宿澤はこれを座右の銘とし、「競技スポーツは勝つもの」と言う反面、実は本人が追い求めたのはプロセスにおける厳しさであり、徹底した完璧さであった。勝利至上主義ともとられないフレーズをあえてタイトルとしたことには違和感を覚える。宿澤がこれを知ったら「おい、違うぞ」と叱責されそうである。
■優秀賞 ◇年間企画 「アスリート争奪」
落合 博 他 毎日新聞社運動部 5月3日から12月6日まで連載され、年が明けても続いている。2007年掲載は「高校野球」「私は考える」「外国人留学生」「エリート養成」「特待生」「大学」の6部で計58回。5月3日から12月6日まで連載された。題名の通り、学校などによるアスリート学生・生徒の奪い合い構造に向き合った連載である。
きっかけは高校野球界を騒然とさせた特待生問題であろう。この問題をアスリートの争奪戦であるという視点でとらえ、多角的に検証した。第1部は「高校野球」の特待生問題にからむ問題を提起し、第2部では有識者の意見やメッセージを紹介した。さらに問題の視野を広げ、特定の競技で目立つ「外国人留学生」問題や、部活動から切り離した自治体や一部競技団体の選手育成プログラムを取り上げている。第5部で再び「特待生」をさまざまな角度から掘り下げ、第6部では昨今スポーツ復活として話題になっている早稲田などの戦略と実情に迫った。
内容も幅広く、興味深い。陸上のケニア、相撲のモンゴルだけではない外国人留学生の実態も描かれ、バスケットのセネガル、野球のブラジル、そして国体向け強化を焦った県の失敗も盛り込まれている。エリート養成の項には、Jリーグのユースなど誰でも知っているものばかりでなく、自治体による小・中学生のタレント発掘事業も盛り込まれている。あわせて、ユースの発展による高校サッカーのレベル低下などの側面もきちんと紹介している。特待生問題への有識者答申の項では、調べる中で出てきた私立中学における特待生、シニアのクラブ指導者による高校割り振りなども書かれている。
全体を通じて、少子化や子どものスポーツ離れが進行するなかで学校や各競技界が少数のパイを奪い合っている日本の若者スポーツの現状が浮かび上がる。そこにみえてくるのは、学校の名をあげることであり、入学志願者をふやすことであり、そのような学校経営と結託した学生スポーツ界の勝利至上主義の風潮であり、独自のエリート育成システムによって国際競争力をつけようとする競技団体の狙いである。争奪の対象となる子どもやティーンエイジャーはもはや商品化されている感すらある。第2部の「私は考える」で登場する各界の有識者たちの発言は、文武両道が本来の学生スポーツ、10代のスポーツのあり方だと説き、スポーツ馬鹿をつくらない政策、システムづくりが急務だと、勝利至上主義に警鐘を鳴らすものといえるだろう。
毎日新聞の企画はテーマ設定と論点が明快である。そのメッセージはアカデミックかつジャーナリスティックで、多方面の識者のコメントも含め、読者に考えることを促している。
他方、上記の特徴は対照的な見方も呼び起こす。総合テーマをきちんと決め、各部のテーマと取材対象もかなり詰めてから始めたと思われる構成と内容は、まさに正統派の新聞連載で、手馴れすぎた、型にはまりすぎた、という印象を与える。
第1部の特待生問題で出てくるのは組織の公式文書と校長や会長、地方高野連の理事長、中学生クラブチーム(シニア)の監督、特待生待遇を取り消された選手の匿名の親、有名野球校監督、そして「読者から賛否」の声6人。特待生問題の渦に巻き込まれた選手やその周辺の生徒は出てこない。
第2部の「私は考える」は日本の新聞の典型といっていいだろうか。大学教授、業界代表、元東大総長の文化人、スポーツジャーナリストに文部科学大臣、清水サッカー協会の若手副理事長、スポーツ問題研究会代表の弁護士が、それぞれご立派な見解を語っている。こうした人々の提言には、どこか模範解答を読まされるような印象があり、現場の生の声や叫びが聞こえてこない分、説得力に欠ける。全体としても、アスリート争奪からみえてくるスポーツ、ひいては教育界の問題点、スポーツを通じて人を育てることの意味を改めて問うことの必要性が危機感や切迫感をもって伝わってこない。
新聞、あるいはジャーナリズムは事実の発掘と紹介にとどまるべきなのか。本賞の募集要項にもある「批評性」とは何か。個々の記者が、新聞社が、変革や解決への道筋を示すことを求められていないか。今回候補作に挙げられている『甲子園が割れた日』
のように、フリーのライターが情熱をぶつけ、時間をかけて対象の心に迫った作品との対比も頭に浮かぶ。 ------------------------------------ 主催:財団法人
ミズノスポーツ振興会 選考:ミズノ スポーツライター賞選考委員会 [主旨] プロ・アマを問わず、日本人アスリートの世界舞台での活躍ぶりが日々多様なメディアを通じて、私たちに伝えられてきます。そこには、必ず、彼ら彼女らの一挙手一投足を捉える、スポーツジャーナリストやカメラマンたちの研ぎ澄まされた視覚と聴覚が存在します。それは時として、寡黙なアスリートたちの単調なトレーニングと付き合う忍耐力と、微細な表情やしぐさから片時も目を離せない緊張感を必要とする取材活動です。スポーツ報道やスポーツノンフィクションの世界は、こうした一人ひとりのスポーツメディアに携わる人たちの、地道で丹念な情報収集作業の積み重ねによって培われ、感動の真実と事象の事実が伝えられてくるのです。
スポーツジャーナリズムにとって、報道性(記録性)、娯楽性、批評性は、それを構成する重要なファクターでもあり、同時にスポーツの振興とスポーツ文化の向上にも大きな役割を果たしていることは言うまでもありません。
2007年度で18回目を迎える「ミズノ スポーツライター賞」は、わが国のすぐれたスポーツライターの業績と活躍を顕彰する唯一の賞として、その価値と使命が世紀を超えてますます大きなものとなっています。 本年も21世紀のスポーツ界とスポーツ文化の大いなる発展と飛躍に寄与することを目的として、スポーツノンフィクションに関する優秀な作品とその著者を広く公募いたします。
[対象領域] 【2007年1月1日〜12月31日】に発行・出版・発表されたもので、主として新聞・雑誌・単行本等に掲載された個人もしくはグループで書かれたスポーツ報道、スポーツ評論、スポーツノンフィクション、など。ただし、インターネット上のウエブサイトなどで発表されたもの、社内報や広報誌等一般に販売されていないもの、一般の者が入手不可能な機関誌的なもの、翻訳書や専門学術書・誌、研究紀要等に掲載されたいわゆる学術論文はこの対象からは除く。 [表彰内容]
★最優秀作品 1本 (トロフィー / 賞金100万円) ☆優秀作品 2本 (トロフィー / 賞金 50万円) [選考委員]
| 委員長 | 岡崎 満義 | 元(株)文藝春秋取締役兼編集総局長/「Number」初代編集長 |
| 委 員 | 杉山 茂 | スポーツプロデューサー/元NHKスポーツ報道センター長 |
| | 村上 龍 | 作 家 |
| | ゼッターランド ヨーコ | スポーツキャスター |
| | 水野 正人 | (財)ミズノスポーツ振興会会長、ミズノ渇長 |
● 発 表2008年3月3日(月) ● 表彰式2008年4月17日(木) ※敬称略 【お問い合せ先】
「ミズノ スポーツライター賞」選考事務局 〒151-0053 東京都渋谷区代々木2-16-15 代々木フラット401 スポーツデザイン研究所内
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