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vol.413-3(2008年8月28日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター
この方向だけでいいのか

 北京五輪の終盤、自転車競技の新種目であるBMX(バイシクルモトクロス)を見ていて、すぐに思い出したのは2年前のトリノ冬季五輪のことだった。やはり新種目だったスノーボードクロスと、このBMXとはそっくり同じに思えたのである。

 BMXの選手たちは、スタートで急傾斜の坂を一気に駆け下り、加速しつつ大きな起伏の続くコースを一周する。豪快なジャンプが一番の見せどころで、急角度のコーナリングがまた難しい。選手たちが接近してコーナーに突っ込めば、当然のように接触や転倒が起きる。一瞬も目を離せない、スリリングな競技であるのは確かだ。

 スノーボードクロスもそうだった。4人が同時にスタートし、2人が勝ち上がっていくのだが、これもジャンプのポイントやタイトなコーナーが連続するレースで、転倒やコースアウトが相次いでいた。まさにそっくりのコンセプトである。

 どちらも面白い。なにしろ波乱ずくめなのだ。トリノのスノーボードクロスなどは番狂わせばかりだった。先行するグループがそろって転倒し、大きく遅れてまったく上位進出の可能性がなかった選手が勝ち上がったシーンもあったと思う。

 その時、すぐに感じたのは「まるでゲームみたいだ」ということだった。4人の同時スタートで、狭くて急傾斜できついコーナーがあったりジャンプが続いたりすれば、当然のように接触や転倒が起きる。となれば、逆転が相次ぐスリリングな展開になるのも間違いない。つまり、興奮や刺激があらかじめ組み込まれているのだ。これはコンピューターゲームを生身の人間と実際のコースに置き換えたようなものではないか。

 BMXでも接触、転倒が目立っていた。まったく同じ方向である。単純明快な面白さと興奮、強烈な刺激をもたらすために、前もってエキサイティングな展開になる要素をプログラミングしておく。すなわち、極端な言い方をしてしまえば、競技そのものの展開もあらかじめつくってあるようなものだ。

 この種目が採用されたのは、もちろん、近年の五輪種目に強く求められているものを意識してのことだろう。誰にも面白く、わかりやすい競技。よりエキサイティングで、しかも決まった時間内に終わることのできる競技。要するに、テレビ放映に向いた競技を国際オリンピック委員会(IOC)は要求している。新種目であれ伝統競技であれ、そうしなければ五輪で生き残れないという時代なのである。

 そこで、各競技団体は、その絶対基準に合わせるための方策を次々に打ち出している。球技のラリーポイント制、タイブレーク制などの導入、また、華やかでテレビ映えのする団体戦の新設。どこも、より面白く、よりエキサイティングで、より華麗な競技への変身に必死だ。コンピューターゲームを連想させる新種目は、そうした流れの象徴なのだろう。

 だが、ちょっと待ってほしい。テレビが大事なのも、わかりやすくするのも大事には違いないが、それですべてを律してしまっていいのだろうか。わかりやすく、エキサイティングにするという大方針のもとで、歴史と伝統の中で練り上げられてきた中身をどんどん変えていき、ちょっと異質にもみえる新種目も導入していく。その方向で突っ走ってしまっていいのだろうか。

 スポーツは本質的に自己表現であり、表現方法は多岐にわたる。そうした中で、さまざまな競技が生まれ、さまざまな形態やルールが練り上げられてきた。見る側がどう思うかということだけで成り立っているわけではない。時代によって形が変わっていくのは当然ともいえるが、それはスポーツの本質、あるべき姿、またスポーツを見るということの意味などを、よくわきまえ、ふまえてのものでなければならない。強い刺激や単純なわかりやすさだけを考えていては、スポーツ本来の面白さや魅力をそこなうことにもなりかねない。

 IOCや各競技団体は、このあたりであらためて五輪競技・種目をじっくりと見直してほしい。種目の削減、入れ替えもさることながら、その前に、どのような原則のもとで五輪競技・種目を考えていくのかをもう一度整理してもらいたいのだ。

 いまの方針をそのまま押し通していけば、五輪スポーツはある意味で限りなくショーに近づいていく。わかりやすく、刺激的で、エキサイティングな種目もあっていいのはもちろんだが、ひとつの方向だけを見ていては必ずゆがみが出る。いつの時代でも、スポーツは本来のスポーツらしく、オリンピックは本来のオリンピックらしくあってほしい。

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