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vol.434-2(2009年1月29日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター
「涙の復活」の向こう側

 これはもう至るところで論じられていることだが、ここでもあらためて言っておこう。横綱朝青龍の優勝を「奇跡の復活」ともてはやすのはいいが、だからといって一方の問題が消えてなくなったわけではない。

 大相撲初場所で朝青龍が見せた復活劇は、確かに素晴らしかった。大関をはじめとする上位陣がだらしなかったとはいえ、3場所連続の休場明けという大ピンチで、持ち前の速くて激しい相撲を取り切った力量には並外れたものがある。相撲人生の土俵際ですべての力を出し尽くすことができる気力は、いくら称賛されてもいい。

 とはいえ、もう一方に残る問題を忘れていいわけではない。いわゆる品格問題である。もっとも、品格という言い方はいささか曖昧でわかりにくい。誤解を招きかねない表現でもある。簡単に言ってしまえば、この横綱には、スポーツマンとして、また大相撲という伝統文化の担い手としてふさわしくない行動、言動があまりに目立つということだ。

 スポーツはただの争いごとではない。力を尽くして戦いはするが、それは、ルールとマナーをしっかり守り、フェアな態度を保ち、常に対戦相手を尊重する姿勢を堅持したうえでの戦いであるべきなのだ。ひと言でまとめれば、スポーツマンシップにのっとった戦いであり、対決でなくてはならないのである。

 では、横綱朝青龍の場合はどうであろうか。

 稽古場では不必要な大技で相手にけがをさせたこともある。本場所の土俵では、勝負が決しているのにだめ押しを繰り出す。初場所でも再三見られたことだ。相手が手をついているのに、プロレス技のラリアットのように左腕を振り回したシーンにはあぜんとした。

 そして気に入らないことがあれば、土俵上でも相手をにらみつけて威嚇する。それもしばしば繰り返されてきている。これらの行動がスポーツマンシップに反しているのは言うまでもない。指摘を受けて、少しでもあらためようとする気もないようだ。優勝23回という力量抜群の横綱が、スポーツマン、それもファンの注目を一身に集める立場にいるトップスポーツマンとしてふさわしい行動をしていないと、あえて指摘するゆえんである。

 伝統文化の担い手としてはどうか。

 長い歴史と伝統のすべてを墨守すべきかどうかには、さまざまな論があるだろう。ただ、そこに大相撲を大相撲たらしめているものがあるのを忘れてしまってはいけない。たとえば、礼に始まって礼に終わるという基本がある。そこで、力士は土俵の上ではあまり感情をあらわにせず、取組が終われば勝っても負けても礼儀を守って静かに下がっていく。だからこそ、勝負の緊迫がより際立つのだ。守るべき土俵の美である。

 ところが、横綱朝青龍はといえば、しばしば土俵上で感情をむき出しにする。先に触れたように、相手に対して怒りをあらわにするし、ガッツポーズを繰り出したりもする。初場所の優勝決定戦を制した時に、満面の笑みで派手にバンザイしてみせたのには驚くほかなかった。それはどうみても土俵の美と相容れないのではないか。

 喜びを表現するのがいけないというのではない。大相撲には長く培ってきたかたちがあり、それが相撲を相撲たらしめている。そこを勝手に変えてしまっていいわけはない。たとえ外国出身であろうと、長く相撲界に身を置き、いまや最高位に君臨する横綱が、そこのところを心得ていないのはおかしい。

 見逃せないのは、「涙の復活V」で、これらの問題が拭い去られてしまったかのような空気が流れていることだ。

 さすがに土俵上のバンザイには批判が出たが、その他の問題については、劇的勝利でとたんに指摘の声が小さくなったように思える。朝青龍への注目で観客が増え、テレビの視聴率が上がったこともあるのだろう。少々問題があろうが、観客動員や視聴率アップに役立ってくれるにこしたことはないというわけだ。見る側にも、面白ければいいとする傾向が強いように思える。

 だが、それでいいのだろうか。横綱はきわめて大きな存在であり、その影響力ははかりしれない。スポーツとして、伝統文化として見過ごせない問題があるのなら、たたえるべきはたたえ、批判すべきは批判し続けるべきではないのか。

こうした風潮は他にも影響を及ぼす。勝ちさえすれば、その中身に関係なくもてはやされる傾向や、強ければすべて許されるという考え方が強まるかもしれない。個性というもののあり方が誤解されるかもしれない。

 もちろん、問題は朝青龍一人にあるのではない。相撲協会、それを構成する親方衆、さらにはファンにも、あらためて考えるべきことは多いはずだ。劇的な復活は確かに素晴らしかったが、スポーツの、そして大相撲のあるべき姿も忘れたくはない。

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