スポーツネットワーク
topページへ
スポーツバンクへ
オリジナルコラムへ

vol.469-2(2009年12月4日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

空しくて寂しい中継

 すごい視聴率だった。内藤大助×亀田興毅のタイトル戦である。11月29日に行われたWBC世界フライ級タイトル戦のテレビ中継(TBS系)は、なんと43.1パーセントという平均視聴率を記録した。にわかには信じられないような高さだ。いまのところ、ことしの全番組の中で最高だという。放送はまさに大成功と言わねばならない。

 だが、中継をずっと見ていて感じたのは、なんともいえない空しさと寂しさだった。

 なぜそれほどの視聴率になったかといえば、まず第一にあったのは2人のボクサーの「因縁」による盛り上げである。チャンピオンの内藤、挑戦者の亀田。2人の間には何年にもわたる因縁のドラマがあったというわけだ。だが、そもそもその因縁とやらは、テレビを中心としたメディアや関係者が、なかば無理やりに仕立て上げてきたものではなかったか。

 王者を「弱い」などと酷評してきた挑戦者サイドのパフォーマンス。チャンピオンの苦労人伝説。亀田一家の「かたき討ち」話。注目度を高め、試合を盛り上げるために、それらを大げさにクローズアップして繰り広げられた宣伝が、「因縁の対決」の中身である。ことさら、因縁などという言葉を使ってあおり立てるようなものではなかったはずだ。

 そして放送はあまりに誇張され過ぎていた。アナウンサーやゲスト、解説者たちのブラックタイ姿は、最近のはやりとはいえ、いささかやり過ぎに見えたが、それはまあいいとしよう。あきれたのは、臆面もなく連発された大げさな言葉だ。「世紀の一戦」「歴史が見られる」「日本中が注目する」「運命の一戦」―果たしてこれは、そんな最大級の表現にふさわしい試合なのだろうかと首をかしげずにはいられなかった。どこをどう見ても、これを世紀の一戦と表現するのには無理があるだろう。

 2人のボクサーに責任はない。彼らはそれぞれに、いま持っている力を出し切ろうとしていた。ただ、力んで前に出るばかりだったチャンピオンには、相手のディフェンスを崩して攻め切るだけの決め手がなく、カウンター狙いの挑戦者には、自ら仕掛けて圧倒する勢いが欠けていた。世界タイトル戦としては、また、これほど大騒ぎをして迎えた試合としては、もの足りないところが目立つファイトだったのである。それを歴史に残る名試合のように伝えるのは、視聴者にもボクシングという競技にも、また2人のボクサーに対してもかえって失礼なのではないか。

 空しい、というのはそこだ。もの足りない内容とはいえ、試合の中身が空しいというわけではなかった。両者はクリーンに、かつ熱く戦っている。なのに、あまりに大げさでわざとらしい伝え方が、かえって全体を空しい雰囲気で包んでしまったのである。

 とはいえ、めったにない高視聴率が出ている。放送は大成功だった。寂しい、というのはそこだ。

 本来、スポーツの中継には何もつけ加える必要はない。プレーそのもの、勝負そのものが面白いのである。無理にドラマ仕立てにしたり、実態にそぐわない凄文句や誇張で盛り上げようとしたりする必要はない。もちろん、なんらかの演出を加える必要などない。一定以上のレベルを持つ競技で、選手たちが十分に力を出せば、それは黙っていても輝くのだ。

 だが、現実はといえば、今回の例にもみられるように、なかばつくられた興奮、つくられた感動があちこちで目立つようになっている。競技にある種の演出を加えるケースもあるようだし、競技団体自体が、ウケを狙ってルール変更をする時代でもある。試合を開催する側も、選手たちも、伝えるテレビも、また見る側も、そうしたことに疑問を感じないようになってしまっている。そんな流れの中の、ひとつの成功例が今回ということだろう。スポーツにとって、純粋にスポーツを楽しみたいファンにとって、これほど寂しいことはない。

 よけいなものなどつけ加えられていない、本来のスポーツの感動や興奮をいつも味わっていたいものだ。もちろん、この時代には多様なスポーツの楽しみ方があっていいし、さまざまな伝え方があってもかまわない。ただ、スポーツにかかわるすべての関係者には、原点を忘れてほしくないのである。

 試合中、アナウンサーが「薬師寺×辰吉戦を思い出しますね」と言った。全盛期の辰吉丈一郎に、不利といわれた薬師寺保栄が果敢に挑んだ1994年の一戦は、まさしく最高の試合のひとつだった。今回の試合内容を、それに比べることなどできない。亀田と内藤(もし現役を続けるのであれば)が、さらに力を磨き抜いたうえで、いつか本当に薬師寺×辰吉戦を彷彿とさせるファイトを繰り広げることがあったら、その時こそ心からの喝采を送りたい。

筆者プロフィール
佐藤氏バックナンバー
SAバックナンバーリスト
ページトップへ
          
無料購読お申し込み

advantage
adavan登録はこちら
メール配信先の変更
(登録アドレスを明記)
ご意見・ご要望

Copyright (C) 2004 Sports Design Institute All Right Reserved
本サイトに掲載の記事・写真・イラストレーションの無断転載を禁じます。  →ご利用条件