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vol.515-1(2010年12月28日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

かくて空騒ぎは続く・・・

 スポーツメディアは明けても暮れても「ユウ」「ユウ」の合唱である。その間に「リョウ」がはさまる。年が明けると、その大合唱はますます盛んになるだろう。

 スターはもちろん大切だ。1人の人気者が現れるだけで、競技そのものの状況まで大きく変わることがある。なんといってもスポーツの華はスーパースターなのである。人気や注目度の面でもビジネス、経営の面でも、ニュースターの誕生は何より大きい。

 というわけで、「ユウ」、すなわち斎藤佑樹の名前を新聞やテレビで見ない日はない。日本ハム球団はもちろん、パ・リーグ、さらにプロ野球界全体がこの超人気ルーキーの存在によってうるおうことになる。実戦に入って期待にたがわぬ活躍ができるかどうかはわからないが(しばらくは苦労するような気もするが)、ともかく彼の登場でプロ野球が活気づいたのは間違いない。

 「リョウ」はもちろん石川遼である。こちらは注目度だけでなく実力もスーパーだ。ルックスや人柄、雰囲気も兼ね備えている。何十年に1人という貴重な人材と言っていい。

 いずれにしろ、彼らの人気沸騰はまだまだ続くだろう。球界やゴルフ界のみならず、関連する業界やテレビ、新聞がその波に乗っていこうとするのは当然だ。ただし、メディアとしては、それに追随(あるいは同調)してばかりいていいのかという疑問が、これまた当然のように出てくる。

 スターはメディアにとっても大事だ。それで視聴率や販売数や売り上げが上がるからというだけではない。スターにはスターにしかない輝きがある。それを知りたいという視聴者、読者は多い。スターのことを詳しく伝えるのはスポーツメディアの重要な任務だ。その意味では、番組や紙面に「ユウ」や「リョウ」が氾濫するのも無理はない。

 が、それは「ちゃんと」「詳しく」伝えていればの話である。実際のところ、「ユウ」や「リョウ」の氾濫の中身は、大合唱に値するものなのだろうか。

 最近のスポーツ紙を例にとってみよう。大見出しの一面で斎藤佑樹をとりあげているのをみると、「佑に虎」やら「隠密視察」やら「ヘン顔」やらとにぎやかだが、それはオープン戦で阪神戦に先発させる考えがあるとか、二軍施設を見に行っただとか、鏡開きの日本酒で顔をしかめただとか、とにかくその程度のことなのである。これほど大々的に取り上げるにしては、中身は薄いと言わざるを得ない。石川遼ネタの方も、かなりの部分は似たようなものだ。

 スポーツ紙はそれでいいという考えは根強い。旬のスターをニュース仕立てで大々的に取り上げれば、少々内容は薄くても読者をひきつけるというのである。だが、それはひとつの思い込み、あるいは型にはまったタテマエではないのか。本物の大特ダネならともかく、人気者さえ大きくとりあげていれば、それだけで売れ行きが伸びるとも思えない。むしろ、毎日手にとる読者にしてみれば、「またこれか」とうんざりするだけに違いない。

 スポーツ紙に限らない。スポーツメディアはすべて同じ方を向いて、同じようなことを繰り返しているように思える。スターの名前を連呼しているだけで、中身はほとんどないのだ。こうした人気者ともなると、周囲のガードもやたらに堅くてそうそう中身のある取材はできない。そこで、あくまでスターのネタにこだわるとなれば、ちょっとした出来事やら片言隻句やらをつかまえて大げさに騒いでみるしかない。かくて、中身に乏しい大報道が延々と続くということになる。

 本当にスポーツが好きな人々が望んでいるのは、そんなものではないと思う。スポーツのさまざまな魅力を幅広く、多彩に、的確な表現で伝えてくれれば、それが一番なのである。つまり、ごく一部のスターのネームバリューにこだわらずとも、面白いテーマ、感動的な物語、興味深い角度はいくらでもあるというわけだ。

 中身のない人気者ネタで騒ぐのは、いわばバブルのようなもので、後には何も残らないし、メディアの姿勢そのものをしだいにゆがめてもいく。空騒ぎの連鎖はいいかげんに断ち切りたい。

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