「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

岡 邦行/ルポライター

VOL.728-1(9.19)
 原発禍!「フクシマ」ルポ94

 「私は(荼毘に付された)娘の〝頭蓋骨〟を見たんです。親よりも早く子どもが死んでしまう。この親の気持ちを分かってもらえますか・・・」
 学校内でいじめに遭い、中3の娘さんを亡くした母親のAさんは私に訴えるように言った。
 昨年11月、日体大の准教授・南部さおりさん(スポーツ危機管理学)が企画した『学校・部活動における重大事件・事故から学ぶ研修会』が契機となり、私はこの1年間に複数の被害者遺族に接してきた。
 Bさんは高校球児だった息子さんを自殺で亡くした。指導者から直接の暴力を受けることはなかったが、「仲間が殴られるのも嫌だし、止められない自分も嫌だ・・・」との積もり積もった恐怖や嫌悪感が一層強くなり、それが息子さんの自殺の引き金となった。いわゆる〝指導死〟だ。母親のBさんは私にこう言った。
 「息子が亡くなって間もなくです。野球部の保護者たちが自宅にきて言うんです。『息子さんが亡くなったため部活ができないんですよ。うちの子は野球をしたくて高校に入学した。子どもたちから野球を奪わないでください!』って。その上に『監督が謹慎になり、練習試合も組めない。だから、復帰の署名運動をしたい。あなたも賛同しなさい!』なんてね。息子が死んだばかりだというのに、人間の死よりも野球のほうが大事なんでしょうか・・・」
 南部さんが企画し、日体大が主催する研修会は、指導者を目指す学生たちに遺族の「生の声」を伝えるという、画期的なものだ。NHKを始め、テレビメディアも大きく報じた。今年度は6月に第1回が開催され、10月13日に第2回が行われる。学生以外の一般参加も受け付けている(申込・問合せ先:日本体育大学総合スポーツ科学研究センター☎03-5706-0931 担当:中嶋・國嶋)。

 振り返ればこの10年間、私は多くの〝遺族〟を前にしてきた。
 8年前の09年、私は50年目を迎えた〝伊勢湾台風〟に着目し、犠牲者の遺族に限らず、自治体や気象台などの関係者を取材。『伊勢湾台風 水害前線の村』(ゆいぽうと刊)を上梓した。「刻と場所を選ばない自然の脅威」を私なりに伝えたつもりだ。
 そして、6年半前の東日本大震災=3・11―。
 発生から2ヵ月後の5月。故郷・南相馬市に出向き、原発禍の街の取材を開始したのだが、南相馬市役所を訪ねたときのショックは忘れられない。正面玄関を入ると「災害情報掲示板」があり、600人に及ぶ犠牲者の名前が書かれていたからだ。実家近くの遺体安置所にも行った。
 それ以来、被災地に出向くたびに悲惨な話は黙っていても私の耳に入ってきた。その中でもっとも悲惨だと思ったのは、私が小学校時代まで過ごした南相馬市原町区の泉地区在住のCさん夫妻の場合だった。
 Cさん夫妻は、野球が大好きだった3人の息子さんとお婆ちゃんをふくめた4人を津波で亡くした。これだけでもやるせないのだが、さらに悲惨な話は続いた。Cさん夫妻を知る、知人たちから聞いた話を要約したい。
 3・11から約半年後だった。Cさん夫妻は新たな命を授かった。大事を取って早く入院したものの、その話をどこからか聞きつけてテレビクルーが病院にやってきたという。カメラを回し、マイクを突き出した。「生まれてくる赤ちゃんは、3人の息子さんの生まれ変わりですね・・・」。Cさん夫妻は取材に応じたが、連日の取材で疲れたのかもしれない。夫は言った。「これでは入院した意味がないべ・・・」。それがすべての原因とは言えない。ただし、新たな命は誕生することはなかった。流産したのだ・・・。
 3・11から9ヶ月後の12月11日、お婆ちゃんの遺体が見つからないまま、お葬式は行われた。その際にCさんの妻はこう言った。
 「本当に悲しいときって、涙ひとつ出ないんだあ・・・」
 来週火曜日の9月26日、5000余人の犠牲者を出した伊勢湾台風襲来から58年目を迎える。


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