「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

佐藤 次郎/スポーツライター

VOL.764-1(9.20)
 「五輪の風景」-91
 大きな役割を担っている「観客」


 スポーツの大会で観客が果たす役割は大きい。競技をよく知っている観衆が的確でフェアな反応を示せば試合はどんどん盛り上がっていくし、場合によってはそれが選手たちの隠れた力を引き出すことにもつながる。その反対なら、結果もまた正反対になるだろう。試合の内容に関係なく、やたらと騒ぐばかりの観客だったり、自国の選手やひいきの側ばかりにかたよった応援をしたりすれば自然な盛り上がりは望めない。しまいには競技場に白けた空気が流れることにもなりかねない。競技会にとって、観客とはそれほど重要な存在にもなり得るというわけだ。
 そんなことをあらためて考えたのは、先だって行われたテニスの全米オープン決勝がきっかけだった。会場を埋めた大観衆の態度や反応にいささか疑問を感じたのである。
 先に行われた女子決勝のことは広く知られているに違いない。大坂なおみがセリーナ・ウィリアムズを下して歴史的な勝利を飾った戦いで、試合の終盤や試合後の表彰式で会場にブーイングが響き渡ったのは日本でも大きな話題となった。女王・セリーナが、コーチングの違反に端を発した警告の連続でついには1ゲームを失った出来事に、女王の復活を願う地元ファンが過剰に反応したというわけだが、米メディアからも強い批判があったように、これはきわめて不快なシーンだった。
 広い会場で観客の誰もがことの経緯を正確にわかっていたとは思えない。が、少なくとも、審判がルールにのっとって警告をしていることや、セリーナがラケットを破壊したり審判に暴言の限りを浴びせたりして著しくスポーツマンシップに反した行動をとっていることは見てとれたはずだ。もちろんそうした行動をとった選手に非があるのだが、観客までもが、明らかにスポーツの精神に反した行動や、それによって生まれた険悪な雰囲気をいっそうあおり立てるように振る舞ったのは見苦しかった。表彰式でのブーイングは大会の運営側や審判に向けられたものだったのだろうが、それは結果的に、正々堂々と戦って勝った大坂をおとしめているようにも見えてしまったではないか。トラブルや衝突を期待して無責任に騒ぎ立てる群集心理のようなものがそこにはうかがえた。なんとも後味悪く終わった大舞台。観客にも大きな責任があったと言わざるを得ない。
 翌日の男子決勝でも観客の反応にはちょっと首をかしげるところがあった。トラブルがあったわけではないが、ストレートで敗れたファン・マルティン・デルポトロへの声援でなかなかスタンドが静まらず、張り詰めた緊迫に水を差す場面がしばしば見られたのだ。いくら興奮していても、プレーが始まるとなれば水を打ったように一瞬で静まるのが見巧者の観客なのだが、この時は、選手がサーブの態勢に入っているのに大声で叫ぶ不心得者が後を絶たなかった。審判が繰り返し呼びかけ、注意しているにもかかわらず、平気で叫び声を上げるのは、意図的に騒いでいるとしか思えない。スーパープレーの連続で圧勝してみせたノバク・ジョコビッチも、集中力を保つのに苦労したのではないか。
 世界一のスポーツ大国であるアメリカ。となれば、競技のレベルだけでなく、観客のレベルも他国の手本となるほど高くなくてはならないはずだが、この二日間を見る限り、そうとは言えないようだ。「スポーツマンシップ」という言葉がめったに聞かれなくなっている昨今。それにつれて、スポーツ大国であっても観客の意識や振る舞いが変わりつつあるということか。
 ひるがえって、日本の観客はどうだろう。これは、そう悪くないように思う。どの競技でも、観客のかなりの部分はそれなりの観戦マナー、応援の態度を身につけてきたように思える。そうした流れが最近は定着しつつあるのではないか。サッカーなどで差別的な表現が出ることもあるが、全体をざっと見渡したところでは、少しずつ、いい方向へと進んでいる印象がある。それだけ、いろいろな競技をファンがよく知るようになってきたのだろうし、また、それにつれて観戦マナーも以前より洗練されてきたのかもしれない。
 テレビなどのメディアは、オリンピックをはじめとする国際大会になると、相も変わらず「ニッポン」「ニッポン」の大合唱で自国に極端に偏った応援をあおっている。地元や自国の選手、チームを応援するのは自然なこととはいえ、それだけに偏ってはスポーツの精神にふさわしい応援とはいえないし、第一、それぞれの競技を幅広く楽しむことにもならないのだが、テレビ界の意識はいっこうに変わらないのである。ただ、最近は、そうしたあおりに乗らず、もっとフェアでスマートな応援マナーを大事にするスポーツファンも増えているようだ。2020年の東京オリンピックに向けて、そうしたファンがどんどん増えていけばいいと思う。
 その2020年には、世界が注目する中で、日本の観客のレベルが問われることになる。それぞれの競技をよく理解し、自国選手にのみ偏らないフェアな声援を送って大会を盛り上げることができれば、世界中から高い評価が寄せられるだろう。それはすなわち大会そのものの成功にも直結する。また、そのことは日本におけるスポーツ文化の成熟度をはかる指標ともなる。2年後には、選手や運営側ばかりでなく、スポーツファンもまた試されることになるのだ。


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