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vol.633-1(2015年5月14日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−2
 IOCは「反省」したのか

 もうずいぶん話題となってきたことではあるが、ここでもう一度書いておきたい。最近、オリンピックに関して驚かされたといえば、やはり、あの「アジェンダ2020」だろう。ここまでなりふり構わず方針を転換してみせるほど、現状に対する国際オリンピック委員会(IOC)の危機感は深かったということが、その内容から伝わってきているように思えるからだ。

 IOCがトーマス・バッハ新会長のもと、オリンピックの中長期改革案として打ち出し、昨年末の総会で承認の運びとなった「アジェンダ2020」。さまざまな面について40の提言がなされているが、なんといっても注目すべきは、一部競技を開催都市以外、または開催国以外で実施するのを容認するとあらためて明記したところだと思う。
 もちろん、いまでもサッカーの予選などは開催都市以外で行われるのが通例となっている。オリンピック憲章では、冬季大会の一部競技を周辺国で開催することを許可する場合があると定められている。とはいえ、一都市開催はオリンピックの原則中の原則であり、原則あるいは建前にこだわるIOCが、わざわざこの時点で容認を明記したのには驚くしかない。冬季大会に限らず、場合によっては二国にわたる開催までもがあり得るのをIOC自身がはっきり宣言しているのだ。これはやはり、オリンピックの現状、そのありように関して、なんらかの危機意識を持つようになったからではないのか。
 だからといって、すぐにそうした試みが出てくるとは思えない。長く続いてきたオリンピックの形を変えるのはそう簡単ではない。ただ、主催者たるIOCがあえてそこまで踏み込まざるを得ないほど、無視できないゆがみが露呈していきているのは間違いないところだ。

 際限なく巨大化し、豪華さと先進性を競い、その結果、途方もない巨費を要するようになったのが現在の五輪である。きわめて大がかりな警備も必要だし、環境問題とのせめぎ合いも出てくるから、経費はますます膨れ上がる一方だ。こうした路線がいつまでも続くわけがない、いや、続けていてはいけないとは誰しもが思うことだろう。現に、前回触れたように、2022年冬季五輪招致では欧州の有力候補が地元の支持を得られずに相次いで撤退している。それはあくまで冬季大会ならでの事情ともいえるが、いずれにしろ、現状のままのオリンピックを開催できる都市(国)がどんどん限られてきているのは否定できない。このままの状態が続くなら、近い将来、なんらかの行き詰まりを見せるのは必定ではないか。

 アジェンダ2020でIOCは、開催に際して既存、仮設の施設を大いに活用すべしともしており、招致費用の削減にも項目を割いている。カネのかかる招致、カネのかかる大会開催は、IOCがすべてに最高、最上、最新を求めてきたからでもあるのだが、そこでもなにがしかの方針転換があったようだ。「このままではいけない。もっとさまざまな街でオリンピックを開けるようにしなければならない」。アジェンダ2020にそんな反省が少しでもこめられているとすれば、それはとりあえずオリンピック・ムーブメントにとって歓迎すべきことではあるだろう。
 IOCが改革案をどこまで具体化できるのかはまだ見通せない。オリンピック大会は巨大ビジネスと一体となっており、変化をもたらすのは簡単ではない。せめてこの改革案の登場を、立ち止まって来し方を振り返るきっかけのひとつにできればと思う。

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