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vol.647-1(2015年9月17日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−11
 初代長官、大いに語れ

 来月発足するスポーツ庁の初代長官に決まった鈴木大地氏に望むものはただひとつ、自分の考えを自分の言葉で大いに語ってほしいということだ。

 スポーツ庁の創設が日本のスポーツの世界にどんな影響を与えるかは、まったく未知数と言うしかない。スポーツを主務とする官庁が誕生する意義はさまざま指摘されているが、それが実現するかどうかは何ともいえない。行政機関の形がちょっと変わっただけで、ものごとがいきなり前に進むとは到底思えないのである。
 とはいえ、これがスポーツのありようを大きく変える入口となる可能性はある。少なくとも、具体的な変化を招くための活発な論議を巻き起こすきっかけにはなるだろう。だからこそ新長官には、官僚のお仕着せではない、自分自身のスポーツ観、スポーツ哲学を明確に発信してほしいのだ。それはもちろん、2020年東京オリンピック・パラリンピックにも直結する。

 初代長官が民間人であり、オリンピックの金メダルを持つアスリートであり、かつ日本水連会長や大学教授という幅広いキャリアを経験してきた人物であるのには大きな意味がある。あえて言わせてもらえば、官僚は手堅くとも役人的な発想からは抜け出せないし、政治家と称する人々にはたいがい保身と権力欲しか見いだせない。しがらみのない、利権や権力には直接つながらないアスリート出身の人物なればこそ自由な発想、前例にとらわれない考え方を期待できるのだ。官僚はよくも悪くも新体制のシンボルである初代長官をうまく利用しようとするだろうが、いずれにしろ、まずはその「振り付け」をするりと脱して、自分ならではの考えを積極的に世間に伝えることだ。そうすれば国民の目が、なかんずくスポーツファンたちの視線が集まり、そこに日本のスポーツのありよう、将来像を考える磁場が生まれるに違いない。

 日本のスポーツ界のリーダー的地位にある人々に共通するのは、社会に対して訴えかける力が弱いこと、つまり中身のある発言が少ないことだ。日本オリンピック委員会しかり、日本体育協会しかり、プロ野球しかり、各競技団体しかり――といった具合である。失礼ながら、しょせんは名誉職なのか、語るべきものを持っていないのか、あるいは何かに遠慮しているのか、と思わざるを得ない。この空前のスポーツ・ブームの中で、日本のスポーツ界をよりよい方向に進めていくためのビジョンや提言が、リーダーたちからいっこうに出てこないのは何ともおかしなことのように思う。その意味でも、スポーツ庁の初代長官にはまずもって範を示してもらいたい。スポーツ全般について、2020年TOKYOについて大いに語ってもらいたい。

 ひとつ言っておきたいのはこのことだ。「メダル獲得」は聞きたくない。政府にしろ担当官庁にしろJOCにしろメディアにしろ、スポーツ政策というと、とにかくオリンピックや主要国際大会でのメダル獲得ばかり言いたがるのが最近の常なのだが、それはスポーツ全体の振興からすれば二の次、三の次だろう。
 確かにオリンピックでメダルを取れば、それが大きな刺激となって競技力が上がっていく可能性はある。「地道に裾野を広げていくより、金メダルをひとつ取った方がいい」と言われるゆえんだ。しかし、トップの競技力だけ無理に上げても全体の底上げにつながるとは限らない。まして、日本のスポーツ全体の振興にすぐに結びつくわけではない。国や公的機関が一時的にカネをかけてメダル狩りをする虚しさは、かつて幾度となく世界のさまざまな例で見てきているではないか。
 スポーツ庁はメダルのためにあるわけではない。中にはそう思っている者もいるだろうが、もちろんそうであってはならない。できる限り多くの人々がスポーツの楽しさ、魅力を享受するための環境整備、仕組みづくりこそがスポーツ庁の役割なのである。だからこそ、その長官はスポーツそのものの本質を大いに論じなければならない。「スポーツはどうあるべきか」「いま、日本のスポーツにとって大事なことは何なのか」を、官僚の用語でない、一般の人々に通じる言葉で繰り返し発信してほしい。2020年の成功のためにもそれは不可欠だ。そうしたことがないようなら、スポーツ庁ができても何も変わりはしないと、いまから釘を差しておこう。

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