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vol.662-2(2016年1月7日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−19
  建前は邪魔になるだけだ

 先だって開かれたパラリンピック関連のシンポジウムで、「パラリンピズムとは」「それをどう定義するか」の論議が行われていた。パネラーからはさまざまな見解が示されたが、「いまのところ確たる定義はない」「そもそも定義する必要もないのでは」という意見も少なからずあった。確かにそうかもしれない。パラリンピズムの定義を確立させるのに意味がないとは言わないが、それはやはり言葉のうえの建前に過ぎないようにも思われる。パラリンピックや障害者スポーツの大会を発展させていくためには、ただの建前を振りかざしてもかえって邪魔になるだけなのだ。

 オリンピズムはオリンピック憲章によって「肉体と意志と知性の資質を高揚させ、全体としてバランスがとれるようこれを結合させることを目ざす人生哲学である」と定義されている。これによってよりよい生き方を創造し、調和のとれた人間の発達にスポーツを役立てるとともに、平和を推進してもいこうという趣旨だ。オリンピックと並んでパラリンピックへの注目度も高まってきていることから、オリンピズムと同様に、パラリンピズムというものを哲学的、統一的に定義すべきとする考え方が出てきているのだろう。パラリンピックムーブメントには、障害者アスリートの活動を通じてインクルーシブな社会、共生社会をつくっていくという、より具体的な目標があるから、パラリンピズムの定義もさほど難しくはあるまい。
 ただ、障害者スポーツの発展のために、定義確立がさほどの力になるとは思えない。そこに意味がないわけではないだろうが、すべてが発展途上のいま、まずやるべきことは他にいくらもある。
 というのも、パラリンピックをめぐる論議には、表面だけ、言葉だけの建前論が多すぎると感じるからだ。2020年大会開催が決まって以来、パラリンピックにもスポットが当たって、さまざまな形で注目が集まるようになったのはもちろん大きなプラスなのだが、美辞麗句を連ねただけの空虚な論も目立つのはいただけない。
 そのひとつが、オリンピックとパラリンピックを合体させるべきだという意見である。両者をひとつの大会として開けばいいという話なのだが、これなどはパラリンピックの本質を考えずに一般受けを狙う建前論の典型というべきだろう。障害者スポーツは、障害のある人々がその度合いや競技レベルを問わず、できる限り多くスポーツを楽しめるようにしていくためのものであり、パラリンピックはそのシンボルなのだ。そのために詳細なクラス分けが行われ、公平かつ平等な形でさまざまな選手が力を発揮できるような形となっている。近年、メダルの価値を高めるとしてクラス統合が行われ、選手のプロ化も進んでいるようだが、それはいささか本来の趣旨から外れる方向ではないのか。巨大ビジネスが幅をきかせ、なにごともカネと規模の競争となっている現在のオリンピックと一緒になったりすれば、ますますその大事な意義が薄まっていくのは間違いない。

 オリンピックにはオリンピックの意義があり、魅力がある。一方、パラリンピックにはパラリンピックなりの意義があり、オリンピックとはまた違う魅力や感動がたっぷりとある。それぞれに価値があり、それぞれの違いや意味や魅力をきちんと理解してこそ、オリンピック・パラリンピックの双方が生きるのだ。オリ・パラ合体などという言葉だけの建前は邪魔になるだけというゆえんである。

 いますべきことは明白だ。障害のある人々がスポーツに触れられる場所や機会をできるだけ増やすこと。メディアはその現状を詳しく伝えていくこと。そしてスポーツファンとしては、障害者スポーツ大会にも足を運ぶ意識を持つこと。つまりは、定義だの建前だのにとらわれることなく、まずは「スポーツ」そのものに集中すればいいのである。

 スポーツは日々の暮らしに不可欠というわけではないが、かけがえのない豊かな自己表現の方法であり、それを入り口とすればさらに豊かで幅広い世界が次々に広がっていく。障害のある人たちがスポーツを楽しめる環境をどんどん広げていけば、そしてパラリンピックをそのシンボルとしてふさわしい大会にしていけば、おのずと共生社会への道のりも見えてくるはずだ。もちろん、そこから平和に資する道も開けていくだろう。そのためには的外れな建前などいらないし、パラリンピズムの定義もその後でいい。

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