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vol.663-1(2016年1月21日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−20
  子どもたちに何を教えるか

 2020年が決まって以来、オリンピック・パラリンピック教育の必要性が以前にも増して声高に叫ばれるようになった。確かに、いまの子どもたちはオリンピックのことを知っているようで、実のところはほとんど何もわかっていないように思える。適切な教育が必要なのは間違いない。では、何をどう教えるべきなのか。

 まず出てくるのは、創始者・クーベルタンをはじめとする近代オリンピックの歴史や、平和の祭典という言葉に象徴される抽象的な理念といったところだろうか。そこに日本の参加の歴史なども入ってくるだろう。ただ、そういった表面的なことを教えればいいのかといえば、もちろんそれで十分とはいえない。そんなことではいまのオリンピックの実像や本来のあるべき姿を少しも理解しないままで終わってしまうからだ。
 現在の日本は空前のオリンピックブームの中にあると言っていい。人気競技の選手たちはテレビをはじめとするメディアでスーパースターのような扱いを受けるし、大会が近づけば一大狂騒曲とでも言いたくなるフィーバーが日本中で始まる。大会期間中の騒ぎようはいまさら言うまでもない。こんな時代はかつてなかった。子どもたちもその中にどっぷりと浸かっている。
 しかし、そんな大フィーバーから見えてくるのはオリンピックの一面にすぎない。ビジネスの枠組みによってつくり出される「商品化された」オリンピックでしかない。子どもたちもオリンピックの知識を豊富に持っているように見えるが、それはごく一部のスター選手をめぐる話題にとどまっている。いまの子どもたちの目に映っているのは「なんだかとてもすごいイベント」「華やかなお祭り」といった、しごく単純な形のものでしかないのではないか。
 歴史や理念は必要だが、本当に意味あるオリンピック教育をつくっていくのなら、もっと踏み込んだ内容が欠かせない。大会が時代に沿ってどう変わってきたか、そこに政治やビジネスがどう影響を与えてきたのか、そしていま、変貌はどこまで来ているのか。巨大ビジネスがすべてを取り仕切る形になっていることも、相変わらず国威発揚型の大会が開かれる場合があることも、大会開催のための環境破壊がしばしば行われていることも、つまりさまざまなゆがみやマイナス要因などもすべて示したうえで、また一方では、それでもオリンピックが世界中で愛される、かけがえのない共通の財産であることも教えたうえで、子どもたちに一からそのあり方を考えてもらいたいのである。そうしていけば、次の時代に新たなオリンピック観が出てくる土台ともなる。そこまでしなければオリンピック教育と銘打つ甲斐がない。実際にそうした内容を子どもたちに教えている例もあるだろうが、簡単な歴史や理念などの、いわば建前論の段階でこと足れりとしている向きも少なくないように思えるので、あらためて述べておきたいと思ったしだいだ。

 もう一点、パラリンピック教育の重要性を強調しておきたい。あえて言えばオリンピック教育よりずっと大事だ。パラリンピックについて詳しく知ることは、障害者および障害者を取り巻く環境について学ぶことであり、それはまた社会全体がそこにどう向き合っていくべきかを考えることにもつながる。子どもたちへの教育として、オリンピックに関することよりもずっと力を入れて取り組むべきゆえんである。
 パラリンピックについても、子どもたちはほとんど知識を持っていないと思われる。最近になってメディアはパラリンピアンをはじめとする障害者スポーツ選手に注目するようになっているが、その大半はオリンピックの場合と同様に、表面だけをすくい上げているものでしかない。また、オリンピックと同じようにしなければならないとする空虚な建前論も相変わらず目立つ。それでは子どもたちの理解はいっこうに進まない。いずれにしろ、パラリンピック教育でも障害者スポーツの実際の姿、現状を真摯に、具体的に示していく努力が何より必要となる。
 オリンピック・パラリンピック教育については「何をどう教えていいか、わからない」とする声をよく現場の教育関係者から聞く。そんなに難しいことだろうか。これはスポーツに詳しいかどうかというような問題ではない。現代社会の一側面として、ごく常識的にその本質を見つめていけば、何をどう教えればいいのか、答えはおのずと出てくるはずだ。

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