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vol.676-1(2016年5月12日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−28
  「不信」にどう答えるのか

 「東京オリンピック開催返上を」という新聞の投書を見た。そうした趣旨の投稿は新聞や雑誌で時折見かけるが、熊本の地震以来、そう思うようになったという人は一気に増えたのではないか。もちろん返上はあり得ないだろうが、これからはそんな声に丁寧に対応していくことが何より大事になる。都民、国民の多くが納得して迎えるようでなければ、たとえ表面上は何ごともなく大会が終わっても、成功などとは絶対に言えないからだ。
 東日本大震災からの復興の遅れや熊本地震の惨状を見るにつけ、オリンピック返上の声が出るのも無理はないと思う。ましてスポーツにさほど関心のない人々であれば、地震だけでなく、これほど社会的に課題の多い時代になぜ巨費をかけてオリンピックなど開くのかという素朴な疑問を抱くのは、ある意味当然と言ってもいい。そのうえ、施設整備費も開催総経費も当初見込みを大きく上回る見通しになっているのだから、なおさら不信は募るだろう。
 国、東京都、組織委員会などの責任ある関係団体がそうした疑問にきちんと答えてきたとはいえない。2020年決定のお祭りムードにそのまま乗って、五輪のマークをまるで万能のカードのように押し立ててきたように見える。半世紀ぶりの夏季大会開催なのだから、国民こぞって歓迎するのが当然という姿勢なのである。が、欧米の都市があまりの負担をきらい、また住民の支持を得られずに五輪招致から撤退するケースが目立っているように、オリンピック開催に背を向ける流れが世界的に強まりつつあるのは周知の通りだ。今夏のリオ大会でも、政治・経済の混乱の中で、開催に対する住民の支持はけっして高くないようにも思える。とりわけオリンピック好きといわれる日本ではあるが、今後は「オリンピックなんか開かなくてもいい」の声が高まっていくのではないだろうか。
 では、国や都、組織委員会は何をすべきか。オリンピック開催の意義、それが社会全体にもたらすプラスを、あらためて、丁寧に誠実に説明していくのは当然だが、それより何より大切なのは、できる限り経費を抑えて、質素な大会の実現を目指すことだろう。
 招致段階では経費見通しをなるべく低く示しておいて、いざ実際に準備が始まると、とたんに費用が膨らむのはどの大会でも同じだ。東京も例外ではなく、「費用の総額は(当初見積もりの約3倍の)2兆円を超すかもしれない」「3兆円は必要」などという衝撃発言が飛び出しているし、最近では、仮設会場などの整備費が招致段階で示された数字の4倍にもなるという見通しが報じられた。予測されていたこととはいえ、あまりに違い過ぎる数字があっけらかんと出てくるのには、驚きを通り越して怒りを禁じえない。「おいおい、そりゃないだろう」と語気を強めたくもなる。
 問題は、開催準備の中枢にいる人々が、それで当然と思い込んでいるように見えることだ。先ほど触れたように、招致段階と実際の数字が大きく食い違うのは常態化している。資材費高騰などの言い訳もある。「批判があっても、いざ開催すれば国民は盛り上がる」という考えもあるに違いない。だが、オリンピックをめぐる時代の潮目は明らかに変わってきている。同時に、市民、国民の意識もこれまでとは違ってきているように思われる。オリンピックを意味あるもの、素晴らしいものと思っていても、そのマイナスが許容できないほど大きいと感じれば、これからは迷わず「NO!」を突きつけるのではないか。それは、サッカーのブラジルW杯で、世界一サッカーを愛していると自他ともに認める国民が、一時は激しい反対運動を繰り広げた事実に示されている通りだ。
 2020年大会に関しては、競技場新設を取りやめて既設、仮設にするなどの措置がとられてきている。新国立競技場建設でも見直しがなされた。だが、まだまだ足りない。徹底的に経費節減をはかり、簡素な大会を実現するための努力をできる限り重ねていかねばならない。もし、これまでと同じ意識で準備が続けられるなら、そして経費が際限なく膨れ上がるのが放置されるようなら、いままでとは比べものにならないほど強い反発がわき上がるだろう。むろんIOCはいい顔をしないだろうが、そのIOCがしばしば強調する「持続可能性」の面からも、簡素な大会の実現は必須なのである。
 オリンピックがかけがえのない世界の財産であることは言うまでもない。が、その開催がもろ手を挙げて歓迎される時代はとうに終わり、賛成と反対がせめぎ合う状況がますます強まってきている。そうした中で、開催をいかに多くの市民に納得してもらうか。関係者が第一に考えねばならないのはそのことなのだ。

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