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vol.679-1(2016年6月23日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−31
  強い姿勢を示してほしい

 またしてもオリンピックがかつてない危機を迎えている。またしても、というのは、経費高騰で開催に背を向ける動きが顕著になってきたのをまず考えてのことだが、イメージの低下という面では今回の方がずっと深刻ではないか。相次ぐドーピングの問題である。
 国際陸連が、リオオリンピックを前にしてロシア陸連の資格停止処分継続を決めたのは、あらためてこの問題の根深さを世界に印象づけた。IOCは国外検査で潔白が証明された場合にはリオへの出場を認める方針で、今後の展開はまだはっきりしていないが、国際陸連や世界反ドーピング機関(WADA)の綿密な調査で明白な結果が出ているとなれば、組織的不正を否定はできないだろう。五輪大会開幕を控えて、スポーツ界の目の前に突きつけられた巨大な闇。これでオリンピック、あるいはスポーツ全般のイメージが大幅に低下するのは避けられない。
 といって、問題はロシアだけではない。ケニアについても組織ぐるみの不正の指摘がなされている。ドーピング発覚の事例は多くの競技、多くの国に及んでいる。不正が蔓延しているのは相変わらずで、状況は好転するどころか、裏ではかえって薬物使用がエスカレートしているのではないのか。
 何よりショックなのは、これだけ検査態勢が強化され、薬物検出方法も進化してきているのに、それが有効な抑止力になり切れていないことだ。選手側から苦情が相次ぐほどに厳格かつ徹底的な検査が行われているのだが、にもかかわらず、確信犯的に薬物使用を続ける競技者は後を絶たない。検査が厳しくなればなるほど、その裏をかこうとする研究が進み、組織ぐるみで検査をくぐり抜けようとする動きも出てくるのである。事態は、もはや手の打ちようのない段階に近づきつつあるのかもしれない。
 こうした状況を招いた理由のひとつは、言うまでもなくカネだろう。主要な競技ではトップ選手たちはスポーツビジネスのただ中にいて、世界的な成功は巨額の報酬に直結している。厳しい検査を出し抜く技術が目の前にあって、それが栄光とカネに結びつくとなれば、フェアネスやスポーツマンシップにあえて目をつぶることにもなるのは容易に想像できる。周りがみんなやっているとなればなおさらだ。
 ロシア陸上の例にみるように、いわゆる国威発揚の考えが相変わらず色濃く残っているのにも愕然とさせられる。オリンピックの金メダルランキングに象徴される「国力の争い」の意識はどこの国にもあるが(もちろん日本も例外ではない)、それにしても近年は、大会開催やメダル数でそれを露骨に誇示しようとする傾向が一部でますます強まっているように見受けられる。そうした動きがドーピングに結びつけば、もはや食い止める手立てはない。
 検査が厳しさを増し、以前の検体の再検査も行われる中でさえ、不正がエスカレートしていく。絶望的とも思える状況で、果たしてさらに打つ手はあるのか。
 多くのスポーツファンは、違反で処分を受けた選手がまた復帰してくることに釈然としない気持ちを持っているはずだ。ならば、意図的な薬物使用が明確に認定された場合は、原則として国際大会から永久追放すべきではないか。一定の処分期間が過ぎればなにごともなかったかのように復帰してくるのには、なんとも違和感がある。ただ厳罰を求めるという意味ではない。薬物使用はスポーツの根幹を揺るがす行為なのである。世界のスポーツ界は「守らなければならない一線」を、姿勢としてはっきり示すべきだと思う。それは、絶望的な現状を正す一歩となり得る。
 組織ぐるみのドーピングをどう防ぐかについては、WADAなどの関係機関も頭を抱えるばかりではないのか。権力が不正を主導すれば、率直にいって対応しようがない。ただ言えるのは、IOCをはじめとする世界のスポーツ団体がもっと明確に声を上げるべきということだろう。すなわち「国威発揚や権力誇示のためにスポーツやオリンピックを利用するな」という強い意志表示である。それがあれば、少なくとも世界のスポーツファンは、オリンピックがまだ良識を失っていないと信じることができる。
 重ねていうが、このドーピングの蔓延はきわめて深刻な危機だ。目の前の競技が不正に満ちていると思えば、誰もがそっぽを向くだろう。安易な妥協では何も解決しない。信頼回復への一歩は、スポーツの本質だけは守るのだという強い姿勢以外にない。

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