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vol.680-1(2016年7月7日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−32
  「出場辞退」が示しているもの

 リオオリンピックのゴルフ競技で、男子の有力選手に出場辞退の動きが相次いでいる。当然のことだろう。彼らの目標は別にある。トッププロの人気を当て込んで、112年ぶりに五輪競技に復活させたところにそもそも無理があったと言わねばならない。
 オリンピック大会をより派手に、より華やかに、より目立つ存在にしたい。そのために、ショーアップされていて、ゲーム的要素の強いニュースポーツをどんどん導入し、プロの人気が高い競技もできる限り取り込んでいく。それが近年の五輪の流れであり、IOCの方針である。そこで登場したのが、エクストリームスポーツ系の競技であり、これまではほとんど縁のなかった有力プロ選手の参入というわけだ。プロについていえば、テニスが復活してトッププレーヤーがメダルを争い、バスケットボールではドリームチームが出現した。驚くことに、なんとボクシングでもプロを参加させる動きがある。
 そうした中でゴルフの復活も実現した。米ツアーを頂点とするプロの人気と注目度をそのまま取り込んでしまおうという狙いだ。ただ、長い年月をかけて独自の、確固たる地位を確立してきたプロスポーツとオリンピックが合体するのには、「木に竹を接いだ」ような唐突さがある。関係者にもファンにもかなりの違和感があるのは間違いないだろう。
 案の定、主役となる選手たちは消極的だった。現在の世界ランク1位であるジェーソン・デーをはじめとするビッグネームたちが相次いで出場しない意向を表明し、日本のエースである松山英樹、さらに世界ランクで日本人2位の谷原秀人もそれに続いた。ジカ熱や治安への懸念、ツアー競技とのスケジュールの兼ね合いなどが理由となっているようだが、それだけではあるまい。トップ選手はメジャー大会を筆頭とするツアーに全力をそそいでいる。無理をしてまでオリンピックに参加する意味をプロとして感じないのだろう。それはしごく当然のことだ。
 他の競技でも選手の意識はさほど変わらないのではないかと思う。バスケットのドリームチームも、米NBAの選手たちの熱意はしだいに醒めつつあるように感じるし、テニスにしても、たとえばウィンブルドン優勝と五輪金メダルとどちらをつかみたいかといえば、100人が100人ともウィンブルドンと答えるはずだ。先ほど触れたように、主要なプロ競技というものは、独自の世界を完全に確立している。選手としては、他に目を向ける必要も、その余裕もないのである。
 五輪種目の変化がいけないと言っているのではない。ファンの求めるところや時代の流れによって変わっていくのは当たり前のことだ。どのスポーツでもトップ選手はほとんど競技に専念しているのだから、いまさらプロの参加がどうこうということでもない。人気のあるもの、注目度の高いものをなんであれ、片っ端からかき集めてしまおうという、ある意味では強引で傲慢なやり方に無理があるのだ。その裏付けとなっている「オリンピックはすべての面で最高であるべき」との考え方も、いささかゆがんでいるのではないか。確かに五輪は規模や魅力、歴史の面で最高といえる存在だが、スポーツの魅力はきわめて幅広いもので、あえてひとつの大会を頂点に置く必要などない。「オリンピックは至高のものでなければならない」という主張が、ファンというよりテレビやスポンサーに、つまりはビジネス面に向けられたもののように思えるのも気にかかる。
 オリンピックには他にない歴史があり、それがかもし出す比類ない魅力がある。不自然な形で何かをつけ加えようとする必要などないのだ。もちろん、時代の変化や人々の求めによって、自然に変わってはいくだろう。が、現状では、これ以上無理に飾り立てることはない。そんなことを続ければ、かえって本来の魅力をそこねかねないことを、トップゴルファーたちの意思表示は示している。

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