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vol.693-1(2016年10月27日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−41
  会場見直しは成功への試金石だ

 ボート・カヌー競技場をはじめとするTOKYO2020の会場見直し問題は、いまのオリンピックが抱える課題の一面を象徴しているように見える。あくまでコスト削減を優先するのか。あるいは、かなりの資金を投入して最新、最先端の機能を備えた施設、その後もレガシーとして残っていくような施設を新設するのか。どちらにも主張があり、それなりの理がある。今回の件も落着までにはかなりの時間を必要としそうだ。
 ただ、その判断基準をどこに置くかとなれば、これははっきりしている。いまオリンピックを開こうとすれば、このことを忘れるわけにはいかない。すなわち、開催地の市民・国民がそれなりに納得できる形でなければ解決にはつながらないということだ。
 この欄で再三書いているように、際限なく膨れ上がる大会経費は多くの都市をオリンピックから遠ざけている。夏季大会でも冬季大会でも、いくつもの有力候補都市が「経費高騰は市民の理解を得られない」として招致レースから去っていっている。それがオリンピック運動にどれほど強い衝撃を与えたかは、IOCがそれまでとは一転して、経費節減の方針などを盛り込んだ「アジェンダ2020」を出したことからも明らかだ。もはや「オリンピックだから」のひと言で何でも通る時代ではない。そのためには巨費投入もやむを得ないと思われていた「聖域」ではなくなったのである。
 となれば、何についても「一般市民や国民の多くがある程度納得できる形にする」のが、これからのオリンピック開催における必須条件となる。ある程度、としたのは、これだけ複雑化した社会では、100パーセントの理解や納得などあり得ないからだが、少なくとも、多くの人々が疑問を持つようなことを強行するのは許されない。たとえば予定を何倍も上回る経費高騰などがそうだ。それを「オリンピックのことだから」と押し切ろうとすれば、必ず強い反発が起こり、大会の成功など到底おぼつかない。
 最大の焦点となっているボート・カヌー会場については▽「海の森水上競技場」をコストを下げて予定通り建設する▽仮設の施設とする▽宮城・長沼ボート場に変更する――の3案に絞られたとされている。そこに入っていない埼玉・彩湖案も含め、どう決着するかは現時点では不透明だが、コストにしろ後利用の面にしろ、都民、国民の見る目はいっそう厳しくなっているはずだ。もともと、会場整備費などに関する当初の算定が甘かったのではないかとの批判も出ている。どの案にするにしろ、明確な根拠に基づく選定理由を示さなければ都民、国民の納得は得られまい。中途半端な妥協や曖昧な形で決着をはかれば、批判の声はますます高まっていく。
 今後も、なにかと見直しを強いられる問題が出てくるだろう。それらも同じことだ。そうしてみると、今回の件は、これからの開催準備をスムーズに進め、最終的に大会を成功に導けるかどうかを占う、大きな試金石になるともいえる。
 そこで、都民・国民の納得を得るために必要なことを三つほど挙げておこう。
 まずは論議の透明化だ。そもそもオリンピック会場は公明正大に決められるべきものであり、こうした状況下で裏側での政治的な動きなどが少しでも見えてしまえば、それだけで論議全体の信用を失う。会場変更だけでなく、さまざまな見直しを行う場合はその論議を完全に公開していくべきだろう。
 二つ目はIOCのことだ。これまでIOCは立候補都市、開催都市に対して絶大な力を持っていた。有力都市のオリンピック離れでその力関係は変化しつつあるのだが、関係者の間ではまだIOCを絶対視し、ことあるごとにIOCの顔色をうかがうような傾向が残っているように見える。今回も、会場見直しに関してIOCが加わる作業部会が設置されることになったのをことさら重大視する向きがある。しかし、IOC自身も今後の変化を踏まえて、こうした問題にどう対処していくかを模索していこうと考えているのではないか。都や組織委員会は、IOCに対しても遠慮なく意見をぶつけ、論議を深めていくべきなのである。
 もうひとつ、アスリート・ファーストという言葉にも触れておきたい。以前にもこの欄で書いたが、アスリート・ファーストとは、選手に対して至れり尽くせりの待遇をすることではない。ビジネスや政治が肝心の競技に影響するようなことなく、たとえ質素であっても、選手が十分に力を発揮できる環境を整えれば、それでいいのである。会場見直し問題でもこの言葉がしばしば出てくるが、それをカネのかかる豪華で巨大な施設をつくることの言い訳にしてはならない。
 今回の会場見直し問題の行方を、都民・国民はこれまでとは比べものにならない関心をもって見つめている。開催準備にあたる組織のトップたちには、その厳しい視線に耐えられるだけの結論を導き出す覚悟が必要だ。

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