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vol.716-1(2017年6月2日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−56
  金メダリストはこうありたい

 さすが金メダリストという感じだった。いや、金メダリストはこうでなければならないと言った方がいいだろう。というのも、日本のオリンピアンやメダリストの言動には感心することがあまりないからだが、村田諒太の言葉や対応には「さすが」の賛辞を惜しまないでおきたい。
 ロンドンオリンピックのボクシング・ミドル級で金メダルを獲得した後、プロに転向して世界王座を目指してきたのは広く知られている通りだ。そして四年をかけて世界王座を目指してきたわけだが、先月、ついにWBA(世界ボクシング協会)の王座決定戦に臨んだ結果は微妙な判定負けだった。だが、その時の村田の対応は金メダリストにふさわしい、スポーツマンシップにあふれたものだったのである。
 フランスのアッサン・エンダムとの試合は村田の優勢で進んだと、多くのメディアが指摘している。ダウンも奪ったように、有効打では終始圧倒していたというのが大方の見方だ。1−2の判定はエンダムの手数を評価してのことだろうが、WBA会長が異例の再戦を命じ、エンダムの勝ちとしたジャッジ2人を資格停止処分としたところからみても、不可解な結果だったのは間違いないのではないか。日本で行われる世界戦では、しばしばホームタウン・デシジョンと思われても仕方のない判定が出るが、これは正反対の結果だった。
 それでも村田は「試合内容は第三者が判断すること。受け入れるしかない」と不満を口にしなかった。その後発表したコメントでも、判定に対して「私情はない」とし、関係者への感謝を述べている。スポーツ紙などの報道によれば、試合の翌日には同じホテルに泊まっていたエンダムに連絡をとり、談笑して連絡先を交換したという。いかにもスポーツマンらしい、フェアで清々しい態度ではないか。
 近年はどの競技でも、日本と外国勢との対戦では、盛り上げようとするあまり、対決ムードをあおるメディアが多く、時として選手もそれに同調してみせたりすることが少なくない。演出もあるのだろうが、ボクシングでは特にそれが目立つ。そうした中で村田の言動や対応は際立っていた。もちろん「なぜ」の思いはあったろうが、そんなことは表に出さず、淡々とフェアに対応するのがトップアスリートというものなのだ。多くの注目を集め、子どもたちをはじめとする後進のあこがれでもある金メダリストとは、まさしくそうあらねばならないのである。その様子を見て、トップ選手のあるべき姿勢をあらためて感じとった若者も多かろう。
 これはいい機会だ。日本のメディア、ことにテレビの関係者は、ここからいろいろと感じとらねばならない。「ニッポン」を連呼し、自国の選手やチームばかりを持ち上げようとするやり方は、いまさら言うまでもないが、スポーツをひどくゆがめている。それが最も露骨に出るのがオリンピックではないか。そんなことではオリンピックの真の魅力は伝わらないのだが、テレビの姿勢はいっこうに変わらない。村田の清々しい対応は、はからずも、そうしたゆがみをも浮き彫りにしてみせたように思う。
 村田には、つくられたスターというイメージもないではなかった。プロのミドル級は層が厚い。その中で貴重な日本人王者を誕生させるため、大事に大事に守られながらマッチメークがなされてきた印象が強かったのである。だが、村田自身はそれに流されることなく、しっかり自分ならではの姿勢、王者を目指すための高い意識を保ってきていたのが今回の対応でわかった。これであらためて村田のファンになったというスポーツ好きも少なくないはずだ。
 トップアスリート、ことにオリンピックの金メダリストは注目度がけた違いに高い。それだけ後輩や子どもたちに与える影響も強い。彼らには、スポーツの本当の魅力や、それが生み出す価値を広く伝えていく責務があるのだ。今回、村田諒太はその役割をきちんと果たした。他のメダリストたちにも、スポーツマンシップを発揮してよき手本となるのだという意識を持ってほしいが、さて、どうだろうか。

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