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vol.747-1(2018年3月22日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−78
 誰よりも印象的だった若者

   平昌パラリンピックで最も印象に残った日本選手は成田緑夢選手だった。金メダルを取ったからというだけではなく、スノーボードのバンクドスラロームという新種目ゆえでもなく、もちろん「ぐりむ」というちょっと変わった名前だからでもない。競技を終えてテレビのインタビューなどに応じる様子がなんとも楽しげで、その爽やかさがいかにもトップアスリートにふさわしいと思えたのだ。
 スノーボードでオリンピアンとなった兄と姉を持ち、自らもフリースタイルスキーでオリンピックを目指していた成田。練習中のけがで左ひざから下の感覚を失ってからも情熱の火を消さず、パラリンピック種目を中心にさまざまな競技に取り組んできた。おそらく、大けがによる挫折を乗り越えるのは、心身両面ともに簡単ではなかったに違いない。が、平昌のスノーボードクロスで銅メダルを、バンクドスラロームで金メダルを獲得した成田は、そんな葛藤や苦悩を感じさせない笑顔だった。「シンプルに嬉しい」「面白いレースだった」などというてらいのない言葉にも率直な感激があふれていた。
 この24歳の若者がことのほか印象的だったのには二つの理由があると思う。ひとつは、雑念なく純粋に競技に取り組む喜び、すなわちスポーツ選手として最も大切な原点の姿勢がその様子から生き生きと伝わってきたことだ。オリンピックやパラリンピックに出場して活躍するようなトップアスリートなら誰でも同じではあろうが、近ごろはそうした純粋な思いをストレートに感じさせてくれる選手が少ないように感じる。スポーツや競技を取り巻く環境があまりにも複雑になったからかもしれない。そうしたことを感じさせるコメントもあまり聞かれないのは、インタビューに対しても決まり文句に終始したり、はたまた斜に構えて気取ってみせたりする傾向が強いからだろうか。
 そんな中で成田は違っていた。妙な気取りや計算された言動などいっさいない自然体。彼の表情や言葉からは、大舞台で自分の力を出し切った競技者ならではの純粋な喜びが鮮烈に伝わってきた。「ああ、スポーツっていいものだな」「競技というのはこんなに素晴らしいものなんだ」――ふだんはすっかり忘れている、いわば基本の理念のようなものを、そこからあらためて感じとったファンも少なくなかったのではないかと思う。
 そしてもうひとつは、オリンピックであれパラリンピックであれ、競技する喜びは変わらないということもまた、あらためて感じさせたところではなかったか。
 オリンピックとパラリンピックにはそれぞれに素晴らしい魅力があるのだとは、この欄でたびたび申し述べていることである。競技レベルに差があるとはいえ、それぞれに異なる持ち味があり、違う面白さがあるという意味だ。ただ、一般的にはオリンピックの方がずっと多くの注目を集めており、また、その中身の濃さもオリンピックが上だと受け取られているに違いない。パラリンピックは2020年を控えてブームを巻き起こしているようにも見えるが、実のところは、まだまだ十分に理解されているとは言いがたい状況にある。
 が、成田の爽やかな態度や姿勢は、オリンピックとパラリンピックの間にある「壁」など感じさせなかった。一度はオリンピックを目指し、けがによってパラリンピックへと舵を切ったトップアスリートのこだわりなさは、競技者が力を出し尽くす純粋な喜びはどの舞台でも変わらないのだと語りかけているようだった。これはきっと、パラリンピックへの理解を大きく進めるためのきっかけとなるだろう。
 成田は既に2020年を視野に入れているという。冬季競技から夏季競技へ、それもパラリンピックだけでなく、オリンピックも目指す構えだと報じられている。なんと素晴らしいことだろうか。オリンピック・パラリンピック双方への出場がかなえば、いや、そのことを真剣に目指すという試みだけでも、スポーツ界にとっての価値ははかりしれないほど高く、重い。オリンピック・パラリンピックの壁を超えるというだけでなく、スポーツ文化そのものの地平を大きく押し広げる効果をもたらすことにもなるからだ。成田緑夢の挑戦と飛躍に心からのエールを送りたい。

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