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 アテネオリンピック・マラソン日本代表選手発表記者会見
沢木啓介(日本陸連強化委員長) 
(C)photo kishimoto

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vol.192(2004年3月17日発行)
【杉山 茂】良識求めた専門家の責任
【藤原清美】「FIFAのブラジル潰し、現在ブラジル3連敗」とは?
【高田実彦】“オレ流”
【佐藤次郎】「本物の」王者の迫力
【岡崎満義】『拳の漂流』のふしぎな魅力
【上村智士郎】求められる勝ち抜くための知恵
vol.191 2004年3月10日号「ナガシマ・・・」
vol.190 2004年3月3日号「チャンピョンは全国リーグで・・・」
vol.189 2004年2月25日号「スポーツマン、シニア世代の・・・」
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良識求めた専門家の責任
(杉山 茂/スポーツプロデューサー)

 日本陸上競技連盟(陸連)が株を上げた。

 アテネ・オリンピック男女マラソン代表の決定経過(3月15日)である。

 世の中の関心は、女子に傾いていた。それも、昨秋の東京女子国際で惨敗といってよいほどのレースをしてしまった高橋尚子を、選ぶのか、はずすのかの1点につきた。

 高橋陣営がどう云おうが、今回の選考で、彼女の参考資料となるタイムは、東京でのものしかなかった。

 それでも、高橋はどうなる? と大騒ぎさせたのは、選考レースでの強さ、速さより、人気度に振り回される陸連の体質を、誰もが覚えていたからである。

 当日、国内を代表する大新聞の夕刊が「高橋、代表に選出」という誤報を流してしまったことでも、それは分かる。

 あの惨めなタイムが高橋のものでなければ、早々とリスト外に押しやられていただろう。高橋であったがために、どのような成績でも選ばれる可能性は残っていたのだ。記者会見が始まるまでは、誤報は疑いの余地もなく、堂々たる第一報、価値ある速報として、他紙を引き離した。

 陸連は、オリンピックのたびに、マラソン代表の決定に後味の悪さを残してきた。スターランナーに甘く、その点をつかれると「国民の期待…」とわけのわからぬ"説明"をする役員もいた。

 その不透明さに、テレビ局が乗る。この世界は、優勝タイムより視聴率を気にする。せっかくの2時間ドラマも、スターが走ってこそ、となる。

 これまでの不評に懲りたか、この日、陸連は筋を通した。国民の支持よりも、専門家としての責任で、申し分ないトリオを選んだ。

 極めて当たり前の手順を踏んだにも拘わらず、陸連が良識を示したのは喜ばしい、と皮肉な声もまじりながら賞讃しきりである。

 後続の各団体も明瞭な代表選考で「国民の期待」を高めて欲しい−。

「FIFAのブラジル潰し、現在ブラジル3連敗」とは?
(藤原 清美/スポーツジャーナリスト:リオデジャネイロ発)

 1敗目はCBF(ブラジルサッカー連盟)も快諾したので、敗戦は言い過ぎか。FIFA(国際サッカー連盟)はCBFに、親善試合は全て欧州で行なうよう指示した。欧州のビッグクラブは、ブラジル代表の親善試合に送り出した選手達が、遠征で消耗して帰ってくることに我慢ならず、FIFAを動かしたのだ。CBFは、そもそも代表メンバーの大半が欧州組である現在、その指示を実行している。

 2敗目はブラジルには悲劇だった。「五輪予選はFIFAの公式大会ではない」という決定が、予選1ヶ月前に下されたのだ。ブラジルは02年ワールドカップに続き、03年にU−17、U−20の世界タイトルを制覇、1度に3冠を保有する世界サッカー史上初の快挙を成し遂げた。残るは五輪。ミランのカカーをはじめ欧州組を軸に、1年かけてチームを作り、真剣に金メダルを狙っていた。しかし、FIFAの公式大会でなければ、クラブは選手を解放しない。条件は他国も同じだが、若い世代から多くの選手が欧州で活躍するブラジルの痛手は大きい。理由はそれだけではなかろうが、ブラジルは五輪出場枠を逃した。

 3敗目は先日のこと、ワールドカップ予選のルールが覆った。これまで、クラブは試合の5日前に選手を代表に合流させなければならなかった。それをFIFAは「試合の48時間前」と変更した。これでは練習もできない。日本では「FIFAは欧州クラブの言いなり」という論調もあるようだが、ブラジルでは「欧州とFIFAのブラジル潰し」が大方の見方だ。「FIFAはブラジル6度目のワールドカップ優勝など望んでいない。今後も障害は幾らでも起こる。現在3連敗」と。

 ブラジル代表VS欧州クラブの図式は毎度の事だ。それでもブラジルは02年ワールドカップで優勝を勝ち取った。先日のロナウドの言葉に期待したい。「ブラジル代表には色々な問題も起こる。でも、どんな状況にも適応して、勝利するのがブラジルだ。」

“オレ流”
(高田 実彦/スポーツジャーナリスト)

 中日の落合監督は“オレ流”で話題を提供しているが、一つ、おかしなことがある。

 12球団きってのクローザー・岩瀬仁紀(29)が、自宅の風呂で転んで左足中指を骨折したのを、マスコミに隠していたことだ。

 岩瀬の故障は中日の傍系紙がすっぱ抜いたのをフロントが「言外に認めた」(中日担当記者)。

 なぜこういうへんてこなことになったのかといえば、落合監督が「マスコミにはいわない」とフロントに申し入れたからであるという。

 落合監督は、「いう必要のないことでしょ。あんた方が取材してください」と木で鼻をくくった返事だったという。

 この落合監督の態度は間違っている。

 何から何まで発表すべきだというのではない。選手の故障は、ファンに関心の深いものだからである。プロ野球は、そのファンを対象にした興行である。有力選手の情報は、お金を払って興行を見に行く、あるいは応援するファンのものといっていいのだ。

 シーズン中ならまだしも、今の時期に神経質なのかどうかは知らないが、“軍の秘密”扱いする必要はどこにもないではないか。

 時代は「情報公開」の時代。この時代の要請は、責任者に「説明責任」があるということである。プロ野球も例外ではない。

 落合監督は「取材すればいいじゃないか」というが、ケガをしている岩瀬の家や病院へドヤドヤ取材人が出かけていったら、岩瀬は迷惑するだけじゃないか。

 長嶋さんの病状取材をマスコミは自粛している。責任あるものが公式に発表するからである。たとえ大本営発表のようなものであっても発表があるから、長嶋さんの周辺がマスコミだらけにならなくて、治療に専念できるのだ。

 落合監督がキャンプをどうやろうが、誰を4番にしようが、それは自由だ。しかし、問答無用のような態度は許されない。せっかく“オレ流”で新しい話題を提供しているのに、残念なことである。

「本物の」王者の迫力
(佐藤 次郎/スポーツライター)

 世界チャンピオンの迫力というものを久しぶりに見た思いがした。3月6日、さいたまスーパーアリーナで行われたボクシングのトリプル世界戦のことである。
 
 ここのところ、日本で行われる世界タイトルマッチには、いささか迫力を欠く戦いが目立っていた。その理由としては、団体や階級が増えてそれぞれのクラスの密度が薄まったこと、かつては圧倒的な強さを誇っていた中南米や韓国からこれといった選手が出てこなくなったことなどがあるのだろう。個性的なボクサーが少なくなったからとも言えるかもしれない。いずれにしろ、日本の挑戦者ばかりでなく、防衛にやって来る海外のチャンピオンも、ファンからみると期待外れである場合が少なくなかったのだ。
 
 そうした中で、6日に登場した2人の王者は、久々に世界の頂点の迫力と執念を鮮烈な形で見せてくれた。
 
 まずはWBCバンタム級に君臨し続けているウィラポン・ナコンルアンプロモーションだ。35歳にして12度目の防衛戦を迎えたタイの英雄は、8歳年下の西岡利晃を一方的に打ちのめした。両者はそれまで3度対戦して、ウィラポンの1勝2引き分け。そこで、今度は西岡有利との見方もあったが、試合は本来の力の差をまざまざと見せつけるものとなったのである。
 
 何より印象的だったのは、ウィラポンが終始自分のペースを崩さなかったところだった。30代半ばになり、一時の破壊力は消えている。しかし、彼はいまできる限りの自分なりのファイトを冷静に出し尽くした。自分の戦いをしさえすれば負けることはないと言いたげな王者の矜持がリングを支配していた。パンチの威力は落ちていたものの、長年の経験で磨き上げてきた強烈な自信が、かつての強打の代わりに若い挑戦者を圧倒したのだった。
 
 同じ相手と4回も敵地で戦うのは、チャンピオンにとってかなりきつい条件だ。だが、ウィラポンはそれをあっさりはね返した。これが本物の世界チャンピオンというものなのである。
 
 次に登場したWBCスーパーバンタム級のオスカー・ラリオスは、もっとわかりやすい形で王者たるゆえんを示した。強引そのものの戦いぶりで強力なチャレンジャーをねじ伏せたのだ。
 
 このメキシカンと挑戦者の仲里繁の対戦も、因縁の再戦として注目を集めた。去年の初対戦はラリオスの判定勝ちに終わったが、仲里の強打で王者のアゴは砕かれ、防衛は紙一重のきわどさだった。5回防衛の安定王者であるラリオスも、今回ばかりは背水の思いで再びのリングに臨んだのではないか。
 
 そこでラリオスがどうしたかといえば、彼はあえて初回から強引に突進したのである。試合前には、仲里の左を警戒して足を使うだろうという予想もあったが、それどころではなかった。王者はぐいぐいと前へ出て力いっぱい左右を振り回した。あまりに力んでいたために、パンチはいつもの切れを欠き、空振りも多かったが、そのおそるべき圧力のために、仲里はほとんど有効打を出せないまま試合は進んだ。
 
 おそらくチャンピオンはおびえていたのだと思う。アゴを砕かれた強打を簡単に忘れるわけにはいかない。それでも、逃げずに猛烈に攻めたところに王者たるゆえんがあった。戦う者の本能として、彼は「逃げたらやられる」と悟ったのだろう。技術的にはいくらも問題のあるファイトだったが、ここでもまた強者としての矜持が勝利をもぎとったのである。
 
 試合後、ラリオスは興奮さめやらない顔で語った。
 
 「私はチャンピオンにふさわしい試合をしたんだ」
 
 まさしくその通り。何がなんでもねじ伏せてやるという迫力と執念こそは、世界王座という至高の地位にふさわしいものだった。
 
 このトリプル世界戦で日本選手3人はすべて判定で完敗した。これは仕方がない。ことに、ウィラポンとラリオスの強靱そのものの精神力には、挑戦者のそれは遠く及ばなかったのだ。相手に恵まれて、あるいは幸運な判定でチャンピオンになったとしても、その座を長く保つことはできない。後に続く選手たちが、ウィラポンやラリオスの姿から世界王者のなんたるかを見てとったとすれば、いずれ真のチャンピオンが日本からも生まれるだろう。

『拳の漂流』のふしぎな魅力
第14回ミズノスポーツライター賞選考会から
(岡崎 満義/ジャーナリスト)

 平成15年度第14回ミズノスポーツライター賞が決まった。最優秀作品は城島充『拳の源流―「神様」と呼ばれた男ベビー・ゴステロの生涯』、優秀作品は澤宮優『巨人軍最強の捕手―伝説のファイター吉原正喜の生涯を追う』と、高知新聞社『「高知競馬」という仕事』の2作である。

 それぞれ内容の充実したいい作品だったが、選考会では『拳の漂流』が満票でスンナリ最優秀賞となった。

 ベビー・ゴステロは1920年生まれのフィリピン人ボクサーである。戦前の昭和16年に来日、戦後、大阪のオール拳(在日韓国人、斉藤八郎主宰)に所属、フェザー級チャンピオンになった。 白井義男が世界チャンピオンになった時代に、ヤリの笹崎やピストン堀口と熱戦をくりひろげ、左手をダラリと下げた独特のゴステロ・スタイルで人気を博したボクサーであった。

 一時代を画したボクサーが年を取り、いつしか忘れられ、日本人妻とも別れ、大阪の片隅で居候に近い生活をし、一度も故郷フィリピンに帰ることもなく、80歳の生涯を閉じたのだが、筆者の城島さんは丹念にその足跡を追っている。

 偶然、ゴステロの存在を知った城島さんが彼の居場所をつきとめ間もなく、ゴステロは倒れて入院する。 殆ど取材もままならない。 そしてやがて、最悪の事態―死を迎えることになる。なんと城島さんは有給休暇をとり、ゴステロの遺骨を持って、フィリピンの郷里イロイロ島バラスまで訪ねている。 フィリピン旅行で出会った人たちがまた魅力的で、作品に厚味を加えている。

 新聞記者の取材の枠を大きくはみ出すほど入れ込んだのは、新聞社の編集方針と自分の思いがマッチせず、次第に溝がひろがっていったからのようだ。 その代償行為としての、ゴステロへののめり込みであろう。 その延長線上の遺族探しであったように見える。

 取材にはそれにふさわしい「時」がある。その「時」は早すぎても、遅すぎても実りのある取材とはならない。若い城島さんはもちろん、ベビー・ゴステロの現役時代を見ているわけではない。 彼と知り合った後も、病院のベッドに寝たままの彼から、殆ど取材らしい取材はできなかった。 やむなく彼の周辺、彼と付き合いのあった人たちを取材して歩くしかない。

 取材の「時」を失ったかに見える。たしかに、隔靴掻痒の感なきにしもあらずだが、それが却ってこの本に、ふしぎな魅力を与えたように思う。 この本のタイトルは『拳の漂流』というより、『ペンの漂流』あるいは『ある新聞記者・魂の漂流』といいたいほど。 筆者のゴステロに托する思いが強い。

 その強い思いが、次々にゴステロをサポートした大阪の厚い人情をさがしあてる。長年、殆ど無償の奉仕としかいえないような支援を続けた町会議員の肥後勝秀が「自分とゴステロの関係は“腐れ縁”だ」と言ったというエピソードなどからは、今や失われてしまったかに思える大阪という町のどこかすえたような、人恋しく、なつかしいような匂いが、濃厚に漂ってくる。 大阪は
“腐れ縁”的人間関係がよく似合う、とつい思いたくなる。 この人間臭い町!黒澤重吾の初期の風俗小説「背徳のメス」(昭和36年・直木賞受賞作)などに漂う街と人間の匂いを、ふと思い出させるものがあった。

 筆者が取材した“周辺人物”は無名だが、みんな熱い感情をもっており、大いなる魅力がある。ベビー・ゴステロという「神様」は、その人たちの間から透かし模様のように、幾分頼りなく、あるいはかげろうのように薄ぼんやり浮かび上がる。 それがいかにも「左手をダラリと下げた」風変わりなファイティングスタイルをもっていたゴステロらしい、という気もする。大阪の場末の人間群像を、街ぐるみすくみ取った情熱的ベビー・ゴステロ伝、としてとても面白く読んだ。

求められる勝ち抜くための知恵
(上村 智士郎/スポーツライター)

 サッカーU−23代表がアテネ五輪出場に向けて正念場を迎えている。

 その“予想外”の苦戦の直接の原因となったのが14日のバーレーン戦だ。結果0−1で敗れた試合だったが、この試合で、日本は序盤から得意とする高い位置でのプレスからボールを奪い、バーレーンゴールを攻め立てた。

 だが、この試合が始まる前の状況をもう一度思い起こしてほしい。直前の試合で日本のライバルと目されていたUAEがレバノンにまさかの引き分け。この結果、試合数がひとつ多いUAEの勝ち点が7。バーレーンは4、そして日本も7。しかも得失点差でも日本が一歩リード。つまり日本は最悪、無得点引き分けでも十分に優位に立てる状況だったのだ。

 サッカーでは、余程の力の差が無い限り、攻めるということは相手に隙を与えることにもなる。逆に、極論を言えば最終ラインでボールをまわし続ける限り点を奪われない。近年日本の選手はボールスキルに優れ、球回しだけだったらボールを失うことは無いだろう。
 
 もし日本がこの試合、前半をボールをキープする戦術で戦っていたら? 失点のリスクを軽減すると同時に、ここで勝たなければ五輪出場が厳しくなるバーレーンのあせりを呼び、そこからチャンスを伺うことができた。しかも山本監督の言葉通り選手たちのコンディションが万全でないなら、こうした戦術はより有効だっただろう。

 だが、実際に攻めさせられたのは逆に日本の方だった。日本はバーレーンの術中にはまったのだ。これがベンチの経験値の差、知恵の差だ。

 もうひとつ気になることがある。この予選でバーレーンは日本に1勝1分。UAEに1勝1敗。つまり僅差ではあるがこの組で最強のチームはバーレーンだったのだ。だが、予選前の予想はどうだったろう。マークしたのはUAEだけはなかったか? バーレーンと引き分けた第1戦後でも、山本監督をはじめ選手たちは「自分たちのサッカーさえできれば・・・」という発言を繰り返していた。その判断が14日の試合でも序盤から積極的に攻め続ける道を選ばせたのだろう。
事前に情報を提供するスカウティングも含めて、相手の戦力を誤認するというミスだったのだ。

 日本のスポーツ界は、常に選手にベストパフォーマンスを求め、全身全霊をかけて相手にぶつかることを美徳とする。だが、国際舞台ではそれだけでは勝てない。少なくともベンチはもっと冷静かつ的確に戦力、戦況を判断し、狡猾に知恵を使って戦う必要があるはずだ。
 
 18日のUAE戦で日本が勝利し、ここに挙げたことが、日本がアテネの舞台で勝ち抜くための肥やしになってくれることを切に望む。



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